小説『誘拐屋のエチケット』書評感想
今回は小説『誘拐屋のエチケット』を紹介します。横関大による著作であり、2020年3月25日に講談社から発売されました。
あらすじ
「ルパンの娘」シリーズが大ヒット! 2020年大ブレイク必至、横関大! 大注目の最新刊!
SNS炎上、不倫スキャンダル、借金まみれ。人生崖っぷちの人々を攫って匿って問題解決!それが、誘拐屋。
「誘拐されて、人生一発逆転しませんか?」
腕利きの誘拐屋・田村健一は、ある日、新人誘拐屋の根本翼とコンビを組むことになる。あまりにもお節介な翼は、自らが誘拐した人物の人生相談に乗ってしまう。淡々と仕事を全うしたい田村の抵抗もむなしく、いつの間にか二人は関係のないトラブルに巻き込まれていく。だがすべての出来事は、実は田村の秘めた過去につながっており……。
「無口なベテラン」と「涙もろくてお人好しの新人」の誘拐屋。犯罪から生まれた2人のコンビが奇跡を起こす。
『再会』や『ルパンの娘』など、ミステリを中心としてドラマ原作としても人気の高い作家・横関大。『誘拐屋のエチケット』は、正反対な性格の2人組が「誘拐屋」を営み、その際に様々なドラマが起こるという、明るい推理小説です。
感想
本作のポイントとして、まずは「誘拐屋」という独特な職業が挙げられます。また作中に登場する人物の誰もが人情味に溢れていて、彼らの会話を聞くのが気持ちいいです。そして、じつは誘拐の裏にはある真実が隠されていて、それをしっかりつなげていくミステリドラマとしての魅力もあります。
改めて「誘拐屋」について。これは国家・地域ぐるみの重大犯罪ではなく、作中では「指定された人間を誘拐し、指定された場所まで届ける」というものになっています。そこに暴力的なシーンは描かれず、あくまで穏便に、ともすると小さな旅行のようでもあります。誘拐のターゲットとなるのは暴力団や政治絡みが多いと説明されていますが、実際のエピソードで目標になるのは女優や力士などの有名人も居ますが一般人も含み様々で、各人物が一短編として誘拐されて行きます。
実際に誘拐を実行するのは性格の異なる2人組の男です。田村健一(タムケン、健さん)は無口ですが腕は確かな誘拐屋で、本作は彼を中心として語られます。彼に根本翼というお人好しの新人が誘拐屋の後進育成としてコンビをあてがわれ、2人共々に事件に巻き込まれてゆくというストーリーです。
田村の活躍によってターゲットをスムーズに誘拐することに成功しますが、その後に根本によって誘拐依頼の裏の背景に巻き込まれてしまいます。ただ、それにも各人の推理と工夫によって対応してゆき、最後にはしっかりまとまってゆきます。また実は誘拐されるターゲットには共通する事情があり、本作の最終盤にてそれらが明かされるドラマに富んでいます。
『誘拐屋のエチケット』、まとめです。誘拐という暗いイメージとはかけ離れた、誰も傷付かない日常系ミステリです。また物語の流れは主に会話文主体かつ7つの章分けにより成り立っているので、ちょっとした時間に読みやすく、普段は読書しない人にもオススメです。そして最後には各話が結びついてすっきり回収してゆくドラマ的な面白さも大きいです。
ネタバレあり
ミステリとしてもヒューマンドラマとしても良質ですが、ちょっと物足りなさも覚えます。
各エチケット(エピソード)の内容をまとめてみます。
- エチケット:1 女の話は信用しない
ターゲットは女優の星川。彼女は不倫現場をスクープされてしまうが、それは不倫相手の俳優・武田の売名目的によるもので、彼を告発する。
- エチケット:2 たまには音楽を聴く
ターゲットはピアニストの江口。彼の借金をコンサートにより回収しようとするが、彼の再起の動機である妻の不倫が発覚、不倫相手に仕返しをする。
- エチケット:3 ボランティアなどやらない
ターゲットは会社員の瀬川。部下である友江里奈は彼からパワハラを受けるが、その原因は彼の息子が妻の殺害と遺体遺棄をしたことによるものであり、自首を勧めて解決する。
- エチケット:4 贔屓の力士を応援する
ターゲットは力士の浜乃風。彼の親方の不倫をネタに、後援会長は浜乃風に無理やりな縁談を持ちかけられる。それを突き止めて後援会長にクギを刺し、浜乃風の意中の人と仲を取り持つ。
- エチケット:5 飛んできたボールはよける
ターゲットは少年サッカーチーム監督の亀井。彼の体罰動画炎上は教え子の桑原との自作自演だった。その理由は彼の父親がサッカーを強制するためであり、正直に話して辞める。
- エチケット:6 コンプライアンスは基本守る
ターゲットは住宅建設会社社長の和田。事件は某社員の不正と自己告発により起こったが、真摯な謝罪会見により事は収まり、社員の傑と彼の婚約者の真紀は無事に結婚式を開く。
- エチケット:7 なるべく披露宴には行かない
ターゲットは誘拐斡旋の直子。彼女は田村の憧れの存在だった園部に誘拐されるが、カレー屋店主のアリもとい裏業界で凄腕のパンプキンと協力して救出する。またじつは根本が件のバス事故の運転手の息子であり、エチケット1~6の関係者は皆その事故の被害者だった。根本は影ながら彼らを守っていたことを明かし、めでたい披露宴を迎える。
まず「誘拐屋」の仕事がフック(取っ掛かり)の役割であり、本質ではないところに肩透かしを受けます。
そしてやっぱり各話の謎が小粒であり、そこに隠されたドラマも大きいとはいえないのが、満足度を下げています。エチケット:7の総まとめは壮大ですが、それを仕組むためエチケット:1~6の内容に若干の違和感を覚えてしまうところがあります。主役の田村は敏腕にみえて、所々に隙がありますし、一方で相棒の根本は一見すると暢気ですが裏は綿密で、ただやっぱり彼もミスをするなど、全般的にドラマが優先されすぎていてミステリ要素が蔑ろにされている傾向が強いです。
本作は書き下ろしなのですが、各エピソードに前の登場人物の説明が軽く添えられています。ゆえにある章を読んでしばらく時間が経ち前話の内容が多少抜けていても読みやすく、各話のボリュームは長くても30分程度で読み終えるくらいオチが早いです。ちょっと難しい事柄もその都度に説明が挟まれる構成になっていて、各人物同士の会話も込み入らず素っ気なくもなく適度なバランスで、物語のテンポはとてもよいです。
『誘拐屋のエチケット』はどことなく伊坂幸太郎の小説を思い起こさせます。例えば彼の『陽気なギャングが地球を回す』(4人組の銀行強盗の話)、『アヒルと鴨のコインロッカー』(2人で本屋に広辞苑を盗みに行く奇妙なストーリー)、『残り全部バケーション』(裏課業コンビによる連作小説)など、(殺人が起こらない)日常ミステリ、(文字数を揃える)軽妙な会話文、見事な伏線回収とそのドラマ性というように、似た要素が多いように感じます。あるいはゲーム『メタルギアソリッド』シリーズのようなステルスアクションと『龍が如く』シリーズのようなヤクザ人情物語の組み合わせから徹底してバイオレンス要素を排除した雰囲気になっています。
終わりに
日本のテレビドラマらしい構成にもなっているので、『誘拐屋のエチケット』の各登場人物を思いつく俳優に当てはめて読み進めるのも面白いと思います(田村は大谷亮平で、根本は神木隆之介、とか)。エンタメ小説の鑑みたいな1冊です。