AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『法廷遊戯』書評感想

 

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 今回は小説『法廷遊戯』を紹介します。五十嵐律人による著作であり、2020年7月15日に講談社から発売されました。

 

 

あらすじ

法曹の道を目指してロースクールに通う、久我清義と織本美鈴。二人の過去を告発する差出人不明の手紙をきっかけに、不可解な事件が続く。清義が相談を持ち掛けたのは、異端の天才ロースクール生・結城馨。真相を追う三人だったが、それぞれの道は思わぬ方向に分岐して――?

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著者紹介

1990年岩手県生まれ。東北大学法学部卒業。司法試験合格。『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞し、デビュー。

 

ポイント

  • 法律家
  • 主人公・セイギ
  • 友人。馨の死

 

法律家

 本書は第一部「無辜ゲーム」と第二部「法廷遊戯」により構成されています。前者は大学ロースクール、後者は裁判所を舞台としており、法律を学ぶ生徒の成長に沿って法律や論理の話が繰り広げられ、法律やそれを生業としている人への理解が深まる内容になっています。また各行動や台詞も法律文構的に解釈され論述されていく様子は、やや癖のあるものの法曹界の雰囲気を演出するよい描写となっています。

 

主人公・セイギ

 本書の語り部である久我清義(きよよし)は周囲から”セイギ”と呼ばれており、作中では司法試験合格を目指す学生から弁護士へとなってゆきます。ただ彼は児童保育施設の出身であり、過去に非行歴もある人物です。また彼の幼馴染であり法律家の卵である織本美鈴は、ある事件より裁判の被告人となってしまいます。清義は美鈴の弁護人を担当しますが、彼らが真に強い絆で結ばれているかが試されるヒューマンドラマも描かれて行きます。

 

友人・馨の死

 結城馨は清義のクラスメイトであり、成績優秀で法学者になりますが、突如として模擬裁判所で死んでしまいます。その容疑者として美玲は身柄を拘束されてしまいますが、本人は殺人を否定します。本書では主に美鈴は有罪か無罪か、そしてそこにどのような真実が隠されているかを探ってゆくミステリとなっています。一方、馨の父親は過去の痴漢冤罪により自殺しており、その時の関係性や真相が事件の鍵となってゆきます。

 

結末(ネタバレ・オチ)

 馨の父親は過去に清義と美鈴が行った痴漢詐欺により冤罪となり、その復讐として馨が一連の事件を引き起こした。
 馨は清義と美鈴に罰を与えるため、美鈴に殺人未遂の冤罪をさせるが、そこで彼女が本当に馨を刺殺する。しかし馨はその場合にも備えて証拠を隠し持っていた。
 裁判の結果、美鈴は無罪になるが、清義は過去の痴漢冤罪詐欺に関係した傷害罪を償うために警察への出頭を決意する。

 

終わりに

 法廷ミステリというより、法律や裁判にまつわるヒューマンドラマの意味合いが強い、真摯な小説でした。
 様々な言動が法律的文脈に照らし合わせて分解し説明されてゆくので、法律に詳しくなくても分かりやすく読み進めることができ、また法律論を生きる主軸とする人々の心の内が丁寧に描かれてゆき、人物描写や法曹界の雰囲気の演出は特に優れています。
 一方で、ミステリ的な要素はやや薄いな印象です。確かに事件の真相は分かりませんが、そこまでの導入部分や後の展開は弱いです。第一部の「無辜ゲーム」は学生内での自発的な模擬裁判ゲームですが、同時に当ロースクールは司法試験への意識の低さも露呈しており、無辜ゲームへの興味が薄いはずであるのに深く展開に絡んでしまっています。また無辜ゲームの始まりについて仔細に説明されるタイミングも遅く、ミステリの読み手としてかなり我慢を強いられます。また本書全体の1/3程度の紙幅でようやく事件が起こりますが、のちにさらなる事件は発生せず、ただひたすら馨の死の真相を追求してゆく第二部もやや退屈です。もう数名の被害者を用意して、ミステリ小説としての起伏がほしかったところです。
 作中後半では様々な証拠や証言が述べられますが、結局は実際の事件目撃やビデオカメラ映像が法律的な積み重ねを押し流しており、反法律的内容を含んでいるとも捉えられます。そういう部分では法律の虚無性を感じるところもあります。
 ミステリとしてはちょっと地味ですが、法律にまつわる青春やヒューマンドラマを克明に描ききっているのが『法廷遊戯』です。

 

法廷遊戯

法廷遊戯

  • 作者:五十嵐 律人
  • 発売日: 2020/07/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)