AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『できない男』書評感想

 

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 今回は小説『できない男』を紹介します。額賀澪による著作であり、2020年3月26日に集英社より発売されました。

 

 

あらすじ

 地方の広告制作会社で働くデザイナー、芳野荘介28歳。年齢=恋人いない歴で、仕事も中途半端な自分に行き詰まっている「できない男」。ある時、地元の夜越町と大手食品会社ローゼンブルクフードが農業テーマパーク「アグリフォレストよごえ」プロジェクトを立ち上げる。荘介の憧れの超一流クリエイター、南波仁志率いるOFFICE NUMBERが取り仕切る「アグリフォレストよごえ」のブランディングチームに、地元デザイナー枠として、突然放り込まれることに。
 南波の右腕としてブランディング事業の現場担当を務めるアートディレクター河合裕紀、33歳。彼女に二股をかけられていた者同士で意気投合した、イタリアンレストランオーナー賀川と遊ぶのが唯一の息抜きになっている。仕事は超有能で、様々な女性と“親善試合”を繰り返しているけれど、河合もまた、独立や結婚など、その先の人生へと踏み出す覚悟が「できない男」だった。
 山と田圃しかない夜越町で出会った、対照的な二人の「できない男」。それぞれが抱えるダメさと格闘しながら、互いに成長していく姿が最高に愛おしい、大人による大人のための青春小説。

books.shueisha.co.jp

 改題『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞の受賞履歴を持つ小説家・額賀澪。
『できない男』は「小説すばる」2018年7月号から2019年1月号にかけての連載作品を書籍化したものであり、現代の関東の片田舎を舞台として、28歳の冴えないデザイナーと33歳の気鋭のディレクターがとあるきっかけでタッグを組み、挑戦と挫折を繰り返しながら仕事を進めてゆく青春(できない)小説です。

 

感想

 主人公の1人である芳野荘介は、小さな広告代理店に勤める28歳のデザイナーですが、年齢と同じく彼女は居らず、デザインの幅も狭い中途半端な人生を送っていました。そんな彼はコンペティションで、もう1人の主人公である河合裕紀と出会います。彼は名の知れたデザイナーの右腕を務めているディレクターで、仕事の評判は高いものの、失恋中で、彼もまた挑戦できていない33歳でした。

 縁あって河合と一緒に仕事をすることになった芳野は、関東の片田舎に農業テーマパークのプロジェクトデザインに取り組むことになります。そこで出会う女性と仕事上の打ち合せからやがて私的な食事へと取り巻く環境は変化してゆきますが、いま一歩踏み出せない、そんな中でも他の仕事は舞い込んでくる、そんな状況が続いてゆきます。

 やがて農業テーマパークは無事完成してオープンを迎えますが、ひと仕事を終えても芳野と河合は生活に変化を付けることができずにいました。他方、外から眺めていた上司や両親が気を利かせて様々なセッティングを行い、いよいよ彼らにも決断の時が訪れます。

『できない男』、まとめです。序盤はやや行動力の欠けた人間ドラマが繰り広げられますが、テーマパークプロジェクト、広告ポスター、レストランデザインなど、デザイナーの考えと仕事に対する描写は真摯で読み応えがあります。そしてこれまで満足のいく時代を過ごせなかった2人に、遅ればせながらも春が訪れます。

 

オチ

 河合は上司である南波の勧めもあって独立し、夜越町に移って次の時代のデザインを作ろうとする。恋人はできないがそのことに対して後ろめたい思いは消え、よきパートナーを探すことにする。
 芳野は同級生の宇崎と結婚式の宣伝材料を撮影するために新郎新婦を演じるが、直前で放棄し、かつて諦めたデザインの道を再度辿り始めることを決意する。

 

感想(ネタバレあり)

 物語としてはよくできていますが、どこか足りない感じがしました。

 作中では3年もの時間が流れているのですが、その間の劇的な部分だけを切り取りすぎている印象です。芳野も河合も、生活や仕事での出来事とリンクして彼ら自身も変化してゆく様子は分かりやすいのですが、やはりどこか受け身の雰囲気が強く、本の宣伝帯のような積極性や疾走感とはかけ離れています。一方、いわゆる「非リア」や「陰キャ」と呼ばれるようなこじれた精神構造にも達していません。テーマ・ストーリー・キャラクターのバランスがとても取れているので誰でも読みやすい反面、ややドラマに欠け、インパクトはないです。

 下世話なことですが、芳野や河合の性に関する問題が抜け落ちています。彼らは3年間、どう過ごしていたのでしょうか? 自分で処理していたのか、風俗に通っていたのか、その後の衣服は自分で洗っていたのか、その時にどう思ったのか、などなどです。「大人のための青春小説」というなら、このテーマは少しでも扱うべきだと思うのですが、作中では適当な会話や食事によるメタファーで済まされ、肝心な部分に蓋がされてしまっていて、リアリティを覚えるには至りませんでした。

 一方で、中盤に登場する竹内という河合の後輩は、女性ながらも歯に衣着せぬ性格で、仕事もでき、デザイナーとしても有望株に扱われています。彼女独自の視点は作中にはありませんが、彼女にも男性社会のデザイナー業界で揉まれ、その中で吹っ切れ、やがてそんな彼女の姿を見て周囲も”社会的に男性として扱う”ようになった雰囲気が見て取れます。最終盤にて竹内が芳野の”目標物”というか”判定機”扱いを受ける流れは残念でしたが、総じて彼女は魅力的なキャラクターに感じました。

 

終わりに

 個人的は青春小説としてよりも、デザイナーの仕事論がマンガ的に展開されていく雰囲気で読んでいました。そういう意味で、ストーリーとしては適当に話を埋めてゆく過程であり数々のデザインの仕事を進めていく中盤が面白く、対して小説のコンセプトをひけらかしすぎている序盤や、予定調和的に締められる終盤は退屈でした。そもそも、作中で芳野や河合らが問題を抱えていても、彼らがデザインした「アグリフォレストよごえ」は問題なく稼働しているわけで、人間と仕事の一致の必要にむしろ疑問を抱いてしまう内容でした。

 

できない男

できない男

  • 作者:額賀 澪
  • 発売日: 2020/03/26
  • メディア: 単行本