AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『アリス・ザ・ワンダーキラー ~少女探偵殺人事件~』書評感想

 

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 今回は小説『アリス・ザ・ワンダーキラー ~少女探偵殺人事件~』を紹介します。早坂吝による著作であり、カバーイラストは夜汽車が担当しています。2016年9月14日発売の単行本版『アリス・ザ・ワンダーキラー』の文庫化・加筆修正版です。

 

 

あらすじ

十歳の誕生日を迎えたアリスは、父親から「極上の謎」をプレゼントされた。それは、ウサ耳形ヘッドギア《ホワイトラビット》を着けて、『不思議の国のアリス』の仮想空間で謎を解くこと。待ち受けるのは五つの問い、制限時間は二十四時間。父親のような名探偵になりたいアリスは、コーモラント・イーグレットという青年に導かれ、このゲームに挑むのだが――。

アリス・ザ・ワンダーキラー 早坂吝 | 光文社文庫 | 光文社

「援交探偵 上木らいちシリーズ」などで知られる小説家・早坂吝。一方で『アリス・ザ・ワンダーキラー』は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を題材として現代チックにアレンジした新感覚パズルミステリです。

感想

『不思議の国のアリス』を知らなくても、そこをしっかり補いつつ取り並べられた5つの謎を、アリスと白ウサギ、チェシャ猫、そしてハートの女王といった人気の高いキャラクターとの掛け合いとともに解いていく、推理ゲームの感覚が強いです。その先にはさらなる謎が設けられており、その解決編の捲し立てが爽快でした。

 ストーリー序盤は、10歳の誕生日プレゼントとして用意された謎解きVRゲーム(仮想現実)への接続準備を進めてゆきます。傍ら、アリスの憧れである探偵業を営む父親と、それに反対する母親、そして周囲の家庭環境が描かれます。
いよいよ『不思議の国』の世界に入ると、ゲームマスターの白ウサギが待っています。そして彼に導かれるまま、体が大きくなったり小さくなったりしながらの脱出ゲーム、赤ちゃんとブタの取り替えと誘拐犯探し、ダイイングメッセージと言葉遊び、ハンプティ・ダンプティの死因当て、そしてハートの女王の殺人事件解決、という問いに挑戦してゆきます。
 やがて現実世界に戻り、謎解きゲームの本当の目的と、犯人の意図がスピーディに明かされ、それをアリスがどう受け止めるか、という結末になっています。

『アリス・ザ・ワンダーキラー ~少女探偵殺人事件~』、まとめです。『不思議の国のアリス』未読でも適度なフォローが入れられていて読みやすく、かつ程よいミステリの難易度と終盤の疾走感、そして夢から現実に戻った際のしっかりとした対話とオチが組まれていたのがよかったです。

ネタバレあり

 じつは誕生日プレゼントを用意したアルビノの美青年・コーモラント・イーグレットが仕組んだ罠で、アリスに誕生日プレゼントとして用意した謎解きの中で白ウサギになりすまし、ハートの女王の殺害をアリスの母親の殺害にすり替えようとしていた、というものでした。しかし、その計画をアリスの両親は看破して、白ウサギを逆に殺害仕返すことに成功し、彼の用意したゲームを利用することでアリスの探偵としての適性をテストする、というストーリーでした。
 元々の5つの謎に関しては、ちょっと勢い任せな感じもありますが、『不思議の国のアリス』を踏襲しつつも妥当な内容に仕上がっています。

 ここでは作中の謎解きVRゲーム《ホワイトラビット》に注目してゆこうと思います。
 この装置が『不思議の国』への導入をスムーズに果たすのと、アリス自身が「この世界はゲームである」というメタ視点を持つ大きな要因となっています。また『不思議の国のアリス』は夢オチであるため、その人物的内面について語られることは少ないですが、今作ではしっかりとした体験や記憶をもってして現実と向き合わないといけない、という構造になっています。
 ただ枠組みの工夫に対して、アリスのキャラクター性が小さいと思います。10歳を迎えた彼女は家庭環境から同世代よりは知識や才能があるようですが、”おてんばな少女”の域を出ない無個性な印象を受けます。加えてVRゲームに登場するキャラクターは白ウサギを除いてNPCであり、あまり気の利いた言動はできずにアリスを成長させることもできません。最後に両親との対話がありますが、アリスの立場が弱いため。ある種の言いなりにならざるを得ない展開が寂しいと思いました。
 
 その他細々とした不満点を挙げると、作中のVRゲームは身体をまったく動かさずに脳の中で繰り広げられる遊びのようです。しかし終盤のトリックでは、都合よくアリスが現実世界で動きつつその知覚を誤認するという、MRゲーム(Mixed Reality、複合現実)らしくなっており、またそこへのもっともらしい仕組み付けがないところです。

終わりに

 エンタメとしてのミステリとしては満足ですが、やはり『不思議の国のアリス』を題材とした類似作品の域から突出する部分がないこと、ストーリー序盤から中盤にかけての会話が機械的でドラマのないことが、本作品をいまいち推しにくくしています。キャラクターや物語の展開に注目するよりも、謎解きパズルのゲームプレイに集中した方が楽しく読めると思います。