AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『同姓同名』書評感想

 

f:id:ayutani728:20200929151009j:plain

 今回は小説『同姓同名』を紹介します。下村敦史による著作であり、2020年9月17日に幻冬舎から発売されました。

 

 

あらすじ

登場人物全員、同姓同名。ベストセラー『闇に香る嘘』の著者が挑む、前代未聞、大胆不敵ミステリ。
大山正紀が殺された。犯人は――大山正紀。
大山正紀はプロサッカー選手を目指す高校生。いつかスタジアムに自分の名が轟くのを夢見て練習に励んでいた。そんな中、日本中が悲しみと怒りに駆られた女児惨殺事件の犯人が捕まった。週刊誌が暴露した実名は「大山正紀」――。報道後、不幸にも殺人犯と同姓同名となってしまった“名もなき”大山正紀たちの人生が狂い始める。
これは、一度でも自分の名前を検索したことのある、名もなき私たちの物語です。

www.gentosha.co.jp

著者紹介

  • 下村敦史(しもむら あつし)

1981年京都府生まれ。2014年『闇に香る嘘』で江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。数々のミステリランキングで高評価を受ける。15年「死は朝、羽ばたく」が日本推理作家協会賞(短編部門)の、16年『生還者』が日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)の候補になる。重厚な社会派ミステリからノンストップエンタメまで幅広い分野で著作多数。
(『同姓同名』より引用)

ポイント

  • 愛美ちゃん殺害事件
  • 同姓同名被害者の会
  • ネット誹謗中傷
愛美ちゃん殺害事件

 本書は様々な生活を送る”大山正紀”の群像劇的視点によって描かれてゆく。
 ある時、高校生が女児を殺害する事件が発生し、その本名が”大山正紀”であると報道されたことを発端とし、インターネットやTwitterでの拡散も相まって、同姓同名である”大山正紀”も悪影響を受けて進学や就職の道が閉ざされてしまう。
 7年後の2021年、元少年・大山正紀が更正施設から出所したことにより、彼の名前が再浮上し、同姓同名の人物たちにまた変化が訪れる。

同姓同名被害者の会

 犯人・大山正紀の悪名に苦しむ無職・大山正紀は、『”大山正紀”同姓同名被害者の会』というサイトを立ち上げ、悩みを共有し、解決策を見つける試みをはじめる。オフ会に集まった同姓同名の大山正紀は話し合いの末、犯人・大山正紀を突き止めて顔写真を公開するすることを目標とする。しかし後ほど会に大山正紀ではない記者が紛れ込んでいたり、追っていた大山正紀が人違いであったり、会合に犯人が混ざっている疑念が生まれたりするなど、状況が二転三転してゆく。

ネット誹謗中傷

 犯人・大山正紀を追ってゆくなかで、諸悪の根源はTwitterによる偏向報道であったり、ネット検索が犯人の記事で埋め尽くされてゆくネット社会にあると気づいてゆく『被害者の会』一同。世間は間違った人間や目立つ人間を攻撃するいじめの構造を呈しており、『被害者の会』そのものも集団化することで誹謗中傷する社会と同じ性質を呈するようになる。本書の後半はこういった社会問題を提起しつつ、犯人・大山正紀を突き止めるストーリーを通じてその解決策を見出してゆく。

 

結末(ネタバレ・オチ)

 便宜上、各人物にアルファベットを割り振って関係性を整理する。

  • 犯人の大山正紀(A)

『愛美ちゃん殺害事件』の犯人。
高校生だった当時は”オタクの大山正紀”(B)の視点で”上位互換の大山正紀”(A')として描かれており、女児刺殺により逮捕される。出所後、Bに殺害されかけるが返り討ちにする。『被害者の会』には”サッカーで活躍していた大山正紀”(A'')として参加していた。
『被害者の会』一同はAをBと取り違えている(Bが女児殺害を起こし、Aが転落死して、Bが会に参加していると思い込んでいる)。
エピローグにて、Bへの近親憎悪(差別意識)から女児を刺殺してしまい、名前に縛られていた、ということが語られる。

  • 元同級生の大山正紀(B)

一番の被害者。
『”大山正紀” 同姓同名被害者の会』発足の1ヶ月以上前に死亡した人物。
オタク趣味があり、高校生だった当時はA'からいじめられ、後に不登校になった。A'が事件を起こした時にはBの印象が報道された。
出所後のAを殺害しようとするも返り討ちにあってしまった。 

  • サッカーで活躍していた大山正紀(C)

『被害者の会』には参加していなかった人物。
高校生だった当時にA'の影響でスポーツ推薦の道が途絶えたが、プロを目指してサッカーを続けている。『被害者の会』には参加していなかったが、その会の進行やなりすましの話を聞き、A''に戻ってくるよう訴える。

  • 女性の大山正紀(まさき)(D)

自身のTwitterアカウントと彼氏との組み合わせにより犯人に間違われる人物。
保育士であり、美少女キャラ好きを趣味アカウント『冬弥』で投稿するが、女性差別発言として炎上する。その行動が彼氏のものであり、犯人のプロフィールと一致すると『被害者の会』一同が勘違いする。

  • 家庭教師の大山正紀(E)

わいせつ事件を起こした元小学校教師。
性犯罪により職を失うが、『愛美ちゃん殺害事件』によりニュース記事が検索でヒットしなくなり実社会に戻る。
『被害者の会』にはEとして参加するが、復讐としてAに襲われる。


 "犯人の大山正紀"(A)と"元同級生の大山正紀"(B)の判断について、警察がBの死亡事故の際に『ハイキング中に誤って転落死したとみている』と”身分的な報道を一切しなかった”ことから、死亡したのは無実のBとした。また女児殺害被害者の父親を訪ねる場面で、"サッカーで活躍した大山正紀"(A'')が犯人と指摘するが、これにより犯人が存命であることも判明する。死亡したのがAだとすると、この場面と矛盾することから、死亡したのは無実のBとした。
 ただAとBは互いの立場の入れ替わりを鑑みたことから彼らの思考に重なりがあり、どちらかを取り違えてもよい小説構造になっている。

 

終わりに

 実験小説としては面白いですが、ミステリとしてはやや不満が残る内容でした。
 テーマから”大山正紀”が連呼される本文が続き、作中の会話のほとんどが彼らによるものですが、そういった人物描写の難しさをクリアして会話劇や物語、そしてミステリに昇華する手法は、唯一無二であり構造的な魅力が詰まっています。
 一方で、誰が犯人かを問うミステリ(フーダニット)であるにも関わらず、各登場人物の差違描写がほとんどなく、犯人当てをする楽しみが見出しにくいです。また作中では様々な”大山正紀”の視点が交差して描かれますが、場面転換ごとにどの”大山正紀”なのかを考えさせられ、そこには推理してゆく興奮よりも混乱の方がはるかに大きい印象です。またミステリは著者の叙述トリックに依存する部分が多く、その解決にも証拠や推理が少なくて各人物の自白に頼っているため、読後には驚きというよりも疲労感が残りました。
 犯人は大山正紀であるミステリなものの、そこには深い社会問題が接続されている『同姓同名』です。

 

同姓同名

同姓同名