AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』書評感想

 

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 今回は小説『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』を紹介します。森博嗣による著作であり、2015年10月20日に講談社タイガから発売されました。

 

 

あらすじ

赤い魔法を知っている? 人工生命体と人間。両者の違いとは何か? Wシリーズ、始動!
ウォーカロン(walk-alone)。「単独歩行者」と呼ばれる、人工細胞で作られた生命体。人間との差はほとんどなく、容易に違いは識別できない。
研究者のハギリは、何者かに命を狙われた。心当たりはなかった。彼を保護しに来たウグイによると、ウォーカロンと人間を識別するためのハギリの研究成果が襲撃理由ではないかとのことだが。
人間性とは命とは何か問いかける、知性が予見する未来の物語。

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ポイント

  • 未来世界
  • ウォーカロン
  • ハギリ博士

 

未来世界

 本作は未来の日本(2200年頃?)を舞台に描かれます。人間は人工細胞の移植手術によって寿命が半永久的になっていますが、一方で子供が産めなくなり、緩やかな人口減少とそれによる閉塞感に悩まされています。

 

ウォーカロン

 ウォーカロンとは人間そっくりの人工生命体であり、企業から培養されて製造されます。現在(2020年)でいうロボットの延長上のアンドロイドが有機体になったイメージです。その数は本当の人間よりも多くなっているようですが、人間同様に子供は産めません。また遺伝子管理はされているものの、その製造過程は非公開となっています。本書ではウォーカロンが跋扈していますが、彼らが人間/ウォーカロンのどちらであるのか? また人間/ウォーカロンの違いとは何か? について探ってゆくのがポイントになっています。

 

ハギリ博士

 ハギリ博士は本作の語り部であり、人間(らしい)です。人工知能を識別する研究者であり、彼の研究所が爆破されることから物語が始まってゆきます。ハギリ博士は研究一筋ですが事件をきっかけに多数の人間/ウォーカロンと接触し、また自身の研究が狙われる理由、そして「なぜ研究するのか?」という自己本意について考えてゆきます。ややステレオタイプな天才肌の研究者像として描かれますが、比較的説明や描写をしてくれる良心的なキャラクターに仕上がっています。

 

ネタバレ(結末・オチ)

 ウォーカロン・メーカの企業見学の帰りに、ハギリ博士たちが乗るバスが襲撃されるが、「赤い魔法」(トロイの木馬)により状況を切り抜ける。
 研究室の爆破事件ではアパートの管理人だったスイミが逮捕され、アチリ家の爆発では彼の妻が実行犯であるとされた。
 人間かウォーカロンかの判断が難しい少女ミチル、彼女の保護者はマガタ博士のウォーカロンではないか? と疑問が浮かんだが真相は分からない。 
 ハギリ博士はまた研究活動に勤しみ、そこにバス襲撃で負傷したウグイが戻ってくる。

 

終わりに

 面白いけど難しい小説です。
 いきなり研究所が爆破されるシーンで物語は始まりますが、どういった世界観・人間関係かそれほど描かれないまま、ハギリ博士がただひたすら研究し続けるという、まったく読者に優しくない序盤です。ただ近未来世界や研究者気質のエキセントリックな雰囲気はとても興味深いです。そして中盤に差しかかると世界情勢やウォーカロンの説明が追加され、ストーリーがようやく飲み込めてきます。中途半端な真面目さで読むと大変ですが、表層だけサラッと流して味わうか、セリフや行動の一貫性を精読してゆくか、偏りがあったほうがよいです。
 重要人物(重要ウォーカロン?)となってくるミチルについて、詳細は分からずに終わります。シリーズものということもあり人物描写や世界観形成に文字量が充てられており、ストーリーもわらしべ形式といいますか、ある出来事に対しての回答と得るために別の場所に向かい、それを繰り返すというSFドラマです。そこにアクションシーンを盛り込んで展開を何とか引っ張っている印象であり、ミステリ要素はかなり薄いです。
 人工知能が身近に居て、それをあまり気にしない様子は、21世紀初頭からすれば2,3歩先を行っている内容であり、理解はちょっと大変ですが、独特な世界観で中毒性が高いのが『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』です。