AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『静寂のララバイ』書評感想

 

f:id:ayutani728:20200505173201j:plain

 今回は小説『静寂のララバイ』を紹介します。リンダ・ハワードとリンダ・ジョーンズによる著作であり、翻訳は加藤洋子が担当しています。原題『AFTER SUNDOWN』は2020年3月に英語で発売され、同年4月15日に株式会社ハーパーコリンズ・ジャパンおよびmirabooksより発売されました。

 

あらすじ

世界規模の大停電がじきに起こる―― 小さな町で雑貨店を営むセラは 客のベン・ジャーニガンから突然そう警告され面食らった。 ベンは2年ほど前からこの地に暮らす元軍人で、 厳めしい容貌から住人に恐れられる男。 そして2日後、果たして彼の警告どおり太陽嵐が地球を襲い、 すべての電気系統が失われ人々は混乱の渦にのまれる。 頼れるのはベンしかおらず、セラは彼のもとに向かうが……。 異色のロマンティック・サスペンス!

www.harlequin.co.jp

 アメリカのベストセラー作家であり、2005年にはアメリカロマンス作家協会による生涯功労賞を受賞したリンダ・ハワード。『静寂のララバイ』は現代の北アメリカのテネシー州を舞台として、「コロナ質量放出」という、太陽嵐を原因とした大規模停電をきっかけに生活が一変する中、消極的なセラが元軍人のベンに支えられつつ強く生き抜く、サバイバルと愛の物語です。

 冒頭はベンが警報を受け取る場面から始まります。元軍人の彼は山奥にて隠居生活を送っており、そのコロナ質量放出(CME)という太陽による磁気嵐によってこれから起こるだろう混乱と対策を確認します。そして山を下りて近くの雑貨店に必要な物を買い揃えますが、その際、店のオーナーであるが引っ込み思案なセラに対してだけ警告を発します。

 ベンの忠告を聞き、セラも念のために物資を買い込んだり、銀行からお金を下ろしたり、ガソリンをセーブしたりします。そして次の日、本当に磁気嵐が発生し、電力や通信網がダウンし、世界は緊急事態に陥ってゆきます。できる限りのことを備えて災害の初日を過ごしたものの、やはり電気やインターネットは使えなくなり、地域は孤立してしまいました。

 そこで今後の方針を練るために、周囲の住人たちは集会にて情報を共有し、厳しい冬を乗り越える準備を始めますが、そこでセラは優秀なリーダーとして注目されてゆきます。一方、彼女とは気の合わない人物たちも現れはじめ、状況を打破するためベンにアドバイスを求めに行きます。そこからセラとの仲が深まってゆく反面、次々と困難な出来事が発生してゆく、という流れです。

『静寂のララバイ』、まとめです。本作は世界の異変をきっかけにしてセラが成長してゆくヒロイン・ストーリーです。そこで交流に疲れたベンも再び人間関係を取り戻して行き、彼女とともに愛を育んでゆくロマンスも描かれます。そしてそれらは、世の中の混乱によって浮かび上がる人間の良き精神や暗い影を背景として進んでゆきます。

 

ネタバレ(結末・オチまとめ)

 セラが持つガソリンを狙って襲撃した犯人を探す中、今度はセラに再び魔の手が迫る。しかしそこにベンが駆けつけて反撃し、事なきを得る。
 災害から1年が経ち、セラは妊娠していた。未だに電気は復旧していないが、世界は徐々に元の姿に戻りつつある。彼女はベンと愛を育みながら、明日への希望を口ずさむ。

 

感想

 良くもなく悪くもなくという感じです。
 まず物語のきっかけである「コロナ質量放出」ついて、これはSF(サイエンス・フィクション)のようにきこえるかもしれませんが、実際の過去に起きた自然現象の一種であり、作中でも手際よく説明されるので難しい事柄ではありません。また単語は被っていますが、昨今の新型コロナウィルスとも関係ありません。状況を例えるなら、日本での大型地震災害により電力網などが断絶された環境が近いです。
 また舞台は北アメリカですがその地域の固有名詞や特定の店舗名はほとんど登場せず、読み解くのに海外文化の理解は必要ありません。テクノロジーは極力排除されており、広い地域で長く読まれる内容にデザインされています。

(自分が男性だからなのですが、)セラの急な成長には戸惑いを覚えてしまいます。冒頭では冴えない女性として描かれるのですが、ベンのことを心に秘めており、それがどんどん良い方向に進んでいって、一人の強い女性、地域の頼れるリーダーになってゆきます。紙幅の関係でカットされたのかもしれませんが、彼女の行動に一切の無駄や失敗がなく、すべてのストーリーの都合が良すぎると感じました。一方、元軍人のベンは理知的で、ある意味では冷淡な人物ですが、ところどころで本能的になってしまう場面があり、ゆえに判断を誤ることもあるのですが、そういった部分が男性らしくてとても共感できました。

 テッドという人物について、冒頭はプライドが高いだけの嫌われ者として描かれますが、愛妻家であり、完全には憎めない人物となっています。彼は地域の中でセラたちとほとんど敵対してしまいますが、クーデターを持ちかけられた際も一筋縄ではゆかず、パトロール隊に情報を流して結果的にセラたちを救います。彼は人の持つ心の良し悪しを両方備えた人物であり、彼が世界の混乱を受けてストレスに晒された人々を代表しているといえます。ただ、テッドも格別な悪人にはなれず、どこか曖昧な立ち位置のままフェードアウトしてしまうところにやや物足りなさを覚えました。また世界中の大停電という大層な設定にもかかわらず、物語の闇の浅さを感じました。もう少しテーマに踏み込んで、より感慨深い物語にしてもよかったと思います。

 

終わりに

 海外小説に特有の悪態やジョークは控えめであり、翻訳の丁寧さも相まってとても読みやすく仕上がっている『静寂のララバイ』です。ただ作中に子守歌を歌うシーンはなく、タイトルからして女性像や母性を宣伝的に推したい思惑は理解できますが、実際に読んでみると原題『AFTER SUNDOWN』(日没後)のような、長い夜でのサバイバルに内容の重きが置かれていると感じます。また翻訳作業により費用がかかっているにも関わらず、500ページほどの新作文庫本が1,000円程度(電子書籍なら800円程度!)の手頃な価格で読めるところが評価できます。気軽に手にとって読み始め、終えるとどこか心に残る1冊だと思います。