AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『真夜中のすべての光』書評感想

 

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 今回は小説『真夜中のすべての光』を紹介します。富良野馨による著作であり、2020年4月22日に講談社タイガから発売されました。
 
 

あらすじ

――涙が出ました――
騙されたと思って72ページまで読んでください。
講談社NOVEL DAYSリデビュー小説賞 受賞作
泣いたのは、一度だけだった。
最愛の妻・皐月を27歳で失った彰は無感動な日々のなか、仮想都市プロジェクト『パンドラ』に惹かれて参加する。都市の奇妙な人々から、妻との思い出に向き合うきっかけをもらった彰は、やがて『パンドラ』を巡る巨大な疑惑に巻き込まれていく――。
愛する人を失っても、もう一度立ち上がる力をあなたに。選考委員を涙させた圧巻のリデビュー作。

 著者の富良野馨さんは「少女三景―無言の詩人―」で新書館の第2回ウィングス小説大賞優秀賞を受賞し、2016年9月に『雨音は、過去からの手紙』でデビューしました。そして小説投稿サイト「NOVEL DAYS」で開催された、講談社NOVEL DAYSリデビュー小説賞に応募した本作にてリデビューを果たしました。

 
 小説『真夜中のすべての光』は近未来の関東地方を舞台として、若くして妻を失った男は喪に服す中、「パンドラ」という実験仮想都市に興味を持ち、そこで過ごす時間が長くなるにつれて、新たな知り合い、妻との思い出、そして「パンドラ」の背景に触れてゆくSFサスペンスドラマです。
 
 ストーリーの冒頭は、語り部であり会社員の彰が、妻の皐月を交通事故で失った場面から始まります。葬儀やその後の身辺整理を経て職場に復帰しますが、メンタルの調子は戻らず、病気休暇の手続きを取り付けてある程度の時間を得ます。そんな時、街を出歩いていると「パンドラ」という実験仮想都市でのバカンスの宣伝を目にして、簡単なテストをクリアした後にパンドラへ入ってゆきます。
 
 パンドラの中で人工人格との会話を体験するにつれて、彰は大学生の時に「パンドラ」の初期臨床試験のバイトをしていたことを振り返り始めます。破格の報酬、一緒に参加した皐月との思い出、そして同じく実験で知り合った英一という人物を懐かしみつつ、印象的だった彼のその後を追ってみると、英一も交通事故で死んでいることが分かってきました。
 
 英一の墓参りに出向くと、そこで彼の妹と出会います。じつは、彼女は兄の死は事故ではなく他に原因があるのではないか? と考えていることを明かしてきました。真相を知るべく彰は再びパンドラに潜り込みますが、そこにはさらなる謎が待ち受けている、という流れです。
 
『真夜中のすべての光』のまとめです。本作は最愛の妻を失った男が、近未来の仮想都市の中で再び活力を取り戻してゆくヒューマンドラマです。また「パンドラ」というSF(サイエンス・フィクション)の要素を取り入れつつ、様々な人物の思惑が交差するサスペンスの色合いも濃いです。そして上下巻の長編小説ですが、章立てや説明が整えられており、とても読みやすく仕上がっています。
 

オチ(結末)

 英一は「パンドラ」実験の事故で仮想都市から現実に戻れなくなっていた。そして類似した事件が他の人間にも起こっており、その告発を彰たちは協力して行う。
「パンドラ」の内情が公開されてしばらくした後、人工人格から仮想都市の中の皐月との再会を持ちかけられる。しかし彰は断ると、人工人格からあるものを渡される。それは彰と皐月との思い出のデータであり、その光が消えてゆくのを見守りつつ生きてゆく希望を見出す。
 
 

感想(ネタバレあり)

 微妙の一言です。
 まずストーリーの大枠としては、交通事故で死んでしまった皐月と、「パンドラ」の闇に触れてしまった彰が紆余曲折ありながらも再会(的なもの)を果たして、精神的に生き返る・再スタートを切る、という筋書きではあります。ただ彰の内面では皐月への気持ちは物語の中盤でもうすでに整理が付いている印象であり、後半にかけてのパンドラの真相解明に注力する彼の動機がやや理解できませんでした。どちらかといえば、彰の体験記というより仮想都市テクノロジーを題材としたサスペンスとして捉える方が適切だと考えます。
 
 ただ、SFとして読むには魅力に欠けます。まず「パンドラ」の仮想都市や人工人格といったものは古今から扱われており、それほど先進的な内容ではありません。また物語の設定が厳密にされておらず、「パンドラ」以外の近未来技術はスマートフォンの進化系である「携端」(Apple Watchのようなウェアラブルデバイス)と自動運転車だけが描かれており、あまりSF的な雰囲気が醸し出せていない印象で、「パンドラ」の本筋との相乗効果もほとんどありません。彰の友人の宏志は定食屋を営んでいますが、例えば未来の食生活やサービス業はどう変化しているか、という描写や展開があってもよかったと思います。
 
 賛否両論の部分であるのが、最初は脇役らしきキャラクターが、物語が進むにつれて段々と重要な人物となってゆき、彼らの意向が彰の気持ちやストーリーの行く末に多大な影響を与えてくるところです。例えば「パンドラ」の被験者の1人である美馬坂英一は、彰の友人(宏志)の友人(忠行)の友人という立場で登場し、やがて彰はパンドラ内での直接の関係を思い出してゆき、物語の鍵を握る人物になります。人工人格のシーニユとはとても真っ当な関係性の深め方でしたが、英一の妹の満ちるや、パンドラの健康診断を担当した磯田は、ストーリー途中からのちょっと強引な絡み方をしていました。一方で、親友の宏志や故人の皐月はかなり彰や物語の都合のよいタイミングだけ引き合いに出されている感じがあり、登場人物たちへの意識の比重が変則的な印象を覚えました。
 

終わりに

 描きたいテーマは理解できますし、比較的チャレンジしていることも評価できますが、ややまとまりの悪さを覚える『真夜中のすべての光』でした。本書は書き下ろしとありますが、旧題『辺獄のパンドラ』が「NOVEL DAYS」、「カクヨム」、「小説家になろう」のweb小説サイトに投稿されています。それらをザッと読んでみたところ、『真夜中のすべての光』と大まかなストーリーや登場人物は同じであり、一部の台詞や描写がより丁寧になっている印象です。ただ旧稿の間延びした雰囲気までそのまま継いでしまっているようで、『真夜中のすべての光』はとにかく長く、それでいて読み応えはそれほどありません。旧題やweb小説版の方がSF的な物語の雰囲気を的確に表現していて、そちらの方が評価できる点もありました。
 また「NOVEL DAYS」から『真夜中のすべての光』の試し読みということで、「絶対に泣いてしまうからここまで読んでほしい」と選考委員が声を揃えた冒頭72ページまでが公開されています(期間限定・期間未定)。自身は電子書籍で読んでいたので紙のページ数が分からなかったのですが、皐月との回想シーンまでが読めます。あくまで登場人物たちの性格の位置づけをする部分だと思っていたので、個人的にはそれほど感動しなかったのですが、様々な方向から『真夜中のすべての光』は手に取りやすくなっているので、ぜひそこから試し読みしてもらいたいです。
 
真夜中のすべての光 上 (講談社タイガ)

真夜中のすべての光 上 (講談社タイガ)

 
真夜中のすべての光 下 (講談社タイガ)

真夜中のすべての光 下 (講談社タイガ)