AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『破局』書評感想

 

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 今回は小説『破局』を紹介します。遠野遥による著作であり、2020年7月6日に河出書房新社から発売されました。

 

 

あらすじ

私を阻むものは、私自身にほかならない――ラグビー、筋トレ、恋とセックス。ふたりの女を行き来する、いびつなキャンパスライフ。28歳の鬼才が放つ、新時代の虚無。

www.kawade.co.jp

 

ポイント

  • 陽介
  • ラグビー

 

陽介

 本書は大学4年生である陽介の視点でもって語られてゆきます。彼は筋トレが趣味としていて、公務員試験を勉強しつつ確実に突破している段階であり、とてもよい心身を備えている人物です。物語の冒頭、陽介は麻衣子という女性と付き合っていましたが互いの都合により疎遠な状態にあり、偶然知り合った”灯”という女性と新たに付き合い始めてゆきます。

 

 灯(あかり)は陽介と同じ大学の新入生であり、ある新歓ライブをきっかけに陽介と知り合い、のちに彼と恋人の関係になります。しかし陽介と付き合っているうちに、体の関係で悩まされてゆきます。

 

ラグビー

 陽介の女性関係が語られる一方で、彼が卒業した高校のラグビー部の様子が平行して描かれてゆきます。そこでの陽介はキャンパスライフでは見せないような厳しい指導を行っており、彼の人物像のある一面が浮き彫りになってゆきます。また陽介は大学ではラグビーやその他の部活サークルには所属しておらず、顧問の佐々木からは「そんなに鍛えてどうするんだ?」と疑問を投げかけられます。

 

ネタバレ(結末・オチ)

 じつは陽介は性欲の強い人物であり、それゆえ灯と付き合っていた。
 灯と別れる際に通りすがりの男性を殴る揉め事を起こしてしまうが、警察官に取り押さえられる中、陽介は理性を取り戻して自らの行為から思考停止に陥る。

 

終わりに

 心地良いクセのある小説でした。
 ストーリーとしては、あるカップルの破局までの過程を描いているだけなのですが、それを語る陽介が徹底的に寡黙であり、語り部の役割を放棄しかけると同時に恋愛の行方が分からなくなる状況となっていて、さらにそれを周囲の友人たちが陽介に語りかけることで補完する面白い表現構造になっています。それを支えるのが陽介の説明書のような地の文であり、かといって極度に陰鬱でもなく陽介の人のよさが滲み出る文体になっています。
 ただ一方で、性の問題というテーマに早い段階で偶然にも気づいてしまうと、小説の中身がほとんど無くなってしまう一面もあります。あるいはテーマに鈍感すぎると、ラグビーやその他のエピソードに注意が移りがちになってしまい、また語り部の意図により本筋への動線がとても細いので、終盤の展開が意外となってしまう可能性も含んでいます。
 小説本編とは関係ないですが、144ページの中編小説で1500円(税別)はやや書籍の売り方が欲張りすぎる印象です。2本ほど別の短編小説を付随させたり、『破局』の登場人物たちのプロローグやエピローグを織り交ぜたりするなど、もう少しボリュームがほしかったところです。本書の紹介文も味気なく、宣伝方法を見直してほしかったところもあります。
 一般的な大学生活を描きながら、そこに深いテーマ性や独特な表現方法を持ち込んで意欲的な挑戦を行い、結果として読みやすさと文学性を両立しているのが『破局』です。

 

破局

破局

  • 作者:遠野遥
  • 発売日: 2020/07/04
  • メディア: 単行本