AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』書評感想

 

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 今回は小説『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』を紹介します。小川一水による著作であり、イラストは望月けいが担当しています。2020年3月18日に早川書房から出版されました。

 

 

あらすじ

 人類が宇宙へ広がってから6000年。辺境の巨大ガス惑星では、都市型宇宙船に住む周回者(サークス)たちが、大気を泳ぐ昏魚(ベッシュ)を捕えて暮らしていた。男女の夫婦者が漁をすると定められた社会で振られてばかりだった漁師のテラは、謎の家出少女ダイオードと出逢い、異例の女性ペアで強力な礎柱船(ピラーボート)に乗り組む。体格も性格も正反対のふたりは、誰も予想しなかった漁獲をあげることに――。日本SF大賞『天冥の標』作者が贈る、新たな宇宙の物語!

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『天冥の標』シリーズに代表されるSF作家・小川一水。『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』は、今から6000年以上後の新星系を舞台にした、宇宙と百合と2人の出会いの物語です。ちなみに2019年に発表された同名の短編を長編化させた小説でもあります。
 ストーリーの大枠として、ふとしたきっかけで出会った2人の女性「テラ」と「ダイオード」が、様々な障壁に阻まれるものの、力を合わせて魚を捕っては周囲を認めさせてゆき、互いの仲を深めてゆきます。しかし次第にダイオードの本当の目的が明かされる、というドラマチックな内容です。

キャラ紹介

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 登場人物の1人であるテラは、テラ・インターコンチネンタル・エンデヴァという本名であり、本作の語り部を務めています。穏やかで常識のある24歳の女性ですが、規格外の背の高さにコンプレックスを抱きつつお見合いに苦戦しています。また、想像力で船を変形させる「デコンパ」の能力者なのですが、その想像力がありすぎるせいで、へんてこな道具や船を作ってしまいがちなところがあるキャラクターです。

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 一方、もう1人の主人公であるダイオードは、可愛らしくも18歳の家出少女です。しかしその境遇には謎が多く、それでいて破天荒で怒りっぽいです。また船を操縦する「ツイスタ」としての腕はピカイチですが、作中で操縦者は男性が通例なことに反発を受けています。

世界観

 作中では架空の漁業である「宇宙漁」が盛んに行われています。これは舞台となる惑星周辺の昏魚(ベッシュ)という生物資源を捕獲することを指します。通常、礎柱船(ピラーボート)という漁船を「ツイスタ」が操縦し、状況に合わせて「デコンパ」が船や網の形を変えて捕獲する、2人1組の漁法が行われるようです。テラとダイオードの2人が常識外ながらも見事なコンビネーションで次々と昏魚を捕まえてゆくシーンが、内容の半分ほどを占めています。

 作中の世界観として、西暦でいうと8500~8800年の出来事となっており、人々の活動資源を求めて宇宙航行を進め、その先で発見した架空の巨大ガス惑星・ファット・ビーチ・ボール(FBB)が舞台となっています。そこでの人類繁栄のために16の氏族制が敷かれており、宇宙漁についても掟が定められています。また漁は男女夫婦によって行われるものとされており、このルールによってテラとダイオードの2人は振り回されてゆきます。一方、惑星内での大騒乱は歴史上1度も起きてないようですが、ダイオードは何者かに誘拐されかけるなど、争いの火種は燻っているようです。

まとめ

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』、まとめです。2人の女性・テラとダイオードの出会いからはじまる笑いあり・涙ありの”ガール・ミーツ・ガール”です。架空の宇宙が舞台ということで、ストーリー序盤は専門用語が多くてやや読みづらいですが、2人が意気投合してからはとても快調に進んでゆきます。一応は物語の幕が閉じますが、解明されていない謎も多く、また面白いので続編も期待できる内容です。

 

ネタバレあり

 ストーリー終盤、ダイオードは二度による奪還者の襲撃を撃退するものの、その反動でテラが惑星の下層に吸い込まれてしまいます。だか2人の協力によりドラマチックに再会を果たし、と同時にエダは精神世界で”昏魚の父”であるエダと会い、そこで昏魚の秘密や初期船団の話を聞かされます。ダイオードの本当の目的は惑星外への冒険であり、それには様々な障壁が立ちはだかるが、2人は再び航行を始める、というオチです。
 
 プロローグがやや冗長なのと序盤のややこしい世界観の説明を除けば、会話と描写のバランスがよく、王道の冒険小説が繰り広げられてます。SF独特の語感の悪さは覚えますが、総じて文章力に優れていて読みやすいです。テラとダイオードの2人のキャラクターも捻りすぎずそれでいて魅力的で、露骨なほどの性的な百合(レズビアン)ではなく、男勝りなダイオードが女性化されている、という雰囲気です。
 テラは24歳、ダイオードは18歳とされていますが、精神年齢はそれぞれ2歳くらい幼い印象を受けます。作中には中高等教育(中航生・高航生)があるらしく、彼女らはそれらを受けて一定の知識や技術を取得する年月を経ているので、これらの年齢設定になっていると考えます。一方で、成人近いあるいは成人後にストーリーのようなメロドラマを演じるのは無理がある気もします。
 作中でテラやダイオードは服装を頻繁に着替え、また様々な姿形の魚も登場する一方で、2人の絵は表紙のみで、魚に関してはちょっと不自然に長々と説明する羽目になっています。挿絵を数枚だけ挟んでライトノベルらしく読みでみたかった思いもあります。
 勢いで楽しく読めてしまうのですが、振り返ってみるとストーリーは”巻き込まれ系”の唐突な展開が多く、構成を考える必要はあまりないと思います。著者の代表作『天冥の標』は未読ですが、それとの世界観共有(クロスオーバー)はないらしく、『ツインスター』単独で十全に読めます。ただ同作品内で深堀りされていないキャラクターや設定が多く、時代描写も西暦2000年代から惑星に到着した8500年代、そして主となる8800年代と空白期間が広いため、SF的な完結感は薄いです。

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』を思いつく範囲の作品で例えるなら、アニメ『交響詩篇エウレカセブン』です。親子関係や疑似家族的な要素は『ツインスター』には薄いですが、両方とも出会いの物語で、宙を舞い、昏魚とコーラリアンのデザインがかなり似通っています。終盤の展開は往年の『バレエ・メカニック』そのままです。
 

終わりに

 作中ではテラとダイオードが出会って100日あまりの間での物語で、展開としても「まだ始まったばかり」という印象の『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』です。続編をいくらでも作れる設定余白と魅力を抱えていますが、緩い百合とスペース・オペラという異質な組み合わせに人気の火がつくかと問われると、不安は残るところです。現時点では、1冊完結のエンタメ小説として読むことをオススメします。

試し読み

 ノート「Hayakawa Books & Magazines(β)」に『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』のプロローグと第1章の試し読みが掲載されています(併せて全体の15%!)。正直いって、プロローグを読まずに第1章から読み始める方が、読書のモチベーションになるかと思います。ぜひ読んでみてください。

www.hayakawabooks.com

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