AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『アウターライズ』書評感想

 

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 今回は小説『アウターライズ』を紹介します。赤松利市による著作であり、2020年3月9日に中央公論新社から出版されました。

 

 

あらすじ

「現時点で判明している被害者は六名です」東日本大震災に匹敵する災禍「アウターライズ」に見舞われた東北だったが、規模に比して抑えられた被害状況を公表した。どんな対策が行われたのかと注目が集まる中で突如、宮城県知事が"独立宣言"を行った。そこから三年、一切の情報が遮断された国へと変容した東北に、ジャーナリストたちが招かれる。あのとき被災地で何が起きたのか、そして新たな国の誕生を、我々はどう受け止めるのか。『鯖』『ボダ子』『犬』の鬼才が書かずにいられなかった被災地のその後。衝撃の感動作!

アウターライズ|電子書籍|中央公論新社

『藻屑蟹』で第1回大藪春彦新人賞、『犬』で第22回大藪春彦賞を受賞した小説家・赤松利一。『アウターライズ』は、東日本大震災の10年後に再び超大型地震および津波が発生し、そしてさらに3年後、”東北国”として独立した地を舞台に真相を確かめてゆくモキュメンタリー小説です。
 2章構成となっており、第1章「襲来」では、市役所務めの防災室長・双海洋介を中心とする震災後の東北の暮らしと、再度やって来た大津波への対応が描かれます。そして第2章「開国」では、青木清純をはじめとするジャーナリスト陣が”東北国”に足を踏み入れ、「アウターライズ」の謎、そして独立のからくりに迫ってゆくというストーリーです。

感想

「アウターライズ」とは「海溝の陸側から見て外側、すなわちアウターにある隆起した海底の地形を意味する」学術用語ですが、作品内では重ねて発生した自然災害の呼称となっています。第1章では大津波の被災過程を辿ることによって、その恐怖、震災後の東北復興の苦難、そしてそこで暮らす人々の優しさを描いています。
 ところが、「アウターライズ」による犠牲者は6名、そして卒然に東北独立が宣言され、成立します。”東北国”は3年間の鎖国状態を経て、新しい国家として生まれ変わります。
 第2章では「アウターライズ」から3年後、”東北国”の鎖国が解かれ、その状況を知るべく彼の地をメディアが訪れます。そしてそこで、東北国総理とのオリエンテーションやその他大勢への取材、あるいは仕事の後の夕食の席を通じて東北国の政治・経済・生活が写し出されます。大きな謎にはなかなか行き着けませんが、徐々に秘密が分かってきて、かつ新たな疑問も生まれてくるわらしべミステリが進行してゆきます。
 やがて最大級の問題、なぜ「アウターライズ」の犠牲者は6名に留まったのか? そしてその立役者は誰なのか? に対しての回答が終盤にて明かされ、そこに詰まった東北の人々の思いが語られます。

『アウターライズ』、まとめです。震災と国家を主題とする本作は、とても大きなテーマなので、パニックもの、ミステリ、社会風刺、陰謀論などなど、様々な読み方ができます。一方で、東北というローカルなドラマも兼ね備えており、総じて手に取りやすい内容に仕上がっています。

ネタバレあり

「アウターライズ」は核地雷によって人為的に引き起こされた、というのが中盤でのフェイクで、やはり大津波は偶然に起こったが、東北の防災意識により対応が配備されいて収まった、ということです。
 また東北独立について、計画の中心人物やLonely Dragonは、前河北市長の石母田善一郎でした。
 多種多様な内容が詰まっているので、読んでいて楽しい反面、時系列の前後が多く、物事の焦点が合いにくいという印象も持ちました。
 第1章は「アウターライズ」以前の話ですが、言い換えれば本題が始まる前のことに全体の3割もの紙幅を要するのは冗長だと感じました。いきなり第2章から始まって、その合間に第1章のエピソードを挟み込めばよりスッキリまとまったのではと思います。
 加えて、登場人物が多すぎます。第1章では中山欣也/土木作業員、双海洋介/河北市役所・防災企画室室長、小梨七海/実業団陸上競技選手、浮津静子/復興マルシェ店員、黒巣幽冥/ライター、蟻坂亮一/河北市商工会議所会頭の6名が語り部として登場しますが、第2章でもしっかり絡んでくるのは幽冥と蟻坂だけといってよく、他の人物に関しては終盤に少しだけ現れて大団円を演出するための道具になってしまっています。人数を減らして、かつ第2章から登場するジャーナリストの青木らも被災する、という形を取った方が流れがスムーズだったと考えます。
 また、世界を動かしたとされるコラム『日本人と東北人』の説明される部分が短く、あれだけの分量で終盤まで引っ張るのは無理があるように思えます。これについては作中作のようにしっかり構えて、そこで東北を緻密に描きつつ読者を思いっきり惹きつけてほしかったです。

 その他細々とした不満点を挙げると、東北国でのオリエンテーションの出席者のキャラがおかしな方向に伸びていて、内容が全然頭に入ってこないことです。アニメ声に銀縁眼鏡に阪神淡路の少女と、属性と戯言がズレている上に真面目な話もするという、読みにくい部分です。あとは東北国の設定云々について。国民に金額を支給するベーシックインカム制度の実施と、消費税の廃止が実現されているのは良いとしても、それを3年間持続してかつ消費税の存在を忘れるというのは、資源的・時間的に無理があるのでは? と思います。しかし3年より短いとまだ国の変容途中でドラマが生みにくいですし、10年以上経つと世代交代に伴う国の腐敗も起こりかねないので、難しいところです。

終わりに

「アウターライズ」とは前述の通りに学術用語であり作中の災害の名称ですが、直訳すると”外側の盛り上がり”(Outer-Rise)なわけですから、東北そのものを指しているのではないでしょうか。その地の賑やかさを端的に表現している、とてもよいタイトルだと考えています。
 確かな文章力と面白い設定を備えてはいたものの、多方面に話を広げすぎて核心を絞りにくくなっていたと思います。今回は”東北国”という、現実とは少し変わった舞台でしたが、今度はまったく創作の世界で、よりユートピア小説チックな内容を読んでみたいです。

 

アウターライズ (単行本)

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