今回は小説『三体』を紹介します。劉慈欣による著作であり、翻訳は大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、監修は立原透耶が担当しています。2019年7月4日に早川書房から発売されました。
あらすじ
尊敬する物理学者の父・哲泰を文化大革命で亡くし、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔。彼女が宇宙に向けて秘密裏に発信した電波は惑星〈三体〉の異星人に届き、驚くべき結果をもたらす。現代中国最大のヒット小説にして《三体》三部作の第一作
ポイント
- 葉文潔
- 三体
- 汪淼
葉文潔
本書は理論物理学者の葉哲泰が中国の文化大革命の犠牲者となった後、彼の娘である葉文潔が天体観測基地に潜入してゆく導入でもって物語が始まってゆきます。彼女は第二部になっても健在ですが、そこで「三体」という異星文明と通信を行っており、「地球三体組織」というグループを立ち上げて、三体文明によって地球を滅ぼしてもらうという使命の下でその影響力を広げてゆく様子が描かれてゆきます。
三体
「三体」とは作中に登場する架空の異星文明の総称ですが、同時に作中に登場するVRゲームのタイトルでもあります。ゲームジャンルは文明シミュレーションであり、周囲に恒星が3つあり気候の厳しい惑星を舞台として、環境を乗り越えた高度な文明が築かれるのを眺めてゆきます。その過程において天文学や素粒子物理学といった多数の科学技術が織り交ぜられ、物語を重層的にする役割を果たしています。
汪淼
汪淼は第二部の語り部であり、ナノテクを専門とする技術者です。彼の下へ<科学フロンティア>というコミュニティの潜入を持ちかけられ、そこを調べてゆく過程で数々の不可解な出来事が起こり、混乱しつつもなんとか生き残ってゆこうとするサスペンスが繰り広げられます。他にも様々な人物が登場し、複雑なサイエンス・フィクションの世界観を分かりやすく解きほぐしてくれる内容になっています。
ネタバレ(結末・オチ)
地球と三体文明との交信が公になり、人類は来るべき戦いに備え始める。
三体文明は先駆けとして「智子」という陽子サイズコンピュータを地球に忍び込ませ、基礎物理研究が阻害されてしまい三体文明に対抗するのは困難な状況であると判るが、それでも汪淼たちは三体人に勝利する決意を固める。
感想
エンタメSFとはいえないほどハードな小説でした。
まず三部作ということで、『三体』では壮大に何も起こらない、という雰囲気です。異星文明についての話が広がってゆくワクワク感よりも、話の足元の頼りなさの方が印象として強く、そこに複雑な物理学が盛り込まれて不安が撹拌されてゆくような内容に感じました。特に重要人物である葉文潔の行動の意図が分かりにくく、しっかりと物語を受け止めることができませんでした。
ただ第二部においては、科学の素養があるとはいえ天文学に関しては素人な汪淼、あるいは己の無学を受け入れつつ実働的な立場をとる史強によってある程度かみ砕かれつつ感傷的に語られてゆくので、壮大なSFドラマとして読める側面もあると思います。そして続編である『三体Ⅱ:黒暗森林』や『三体Ⅲ:死神永生』でどうなるか期待できる『三体』でした。