AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

新書『実力も運のうち 能力主義は正義か?』書評感想

 

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マイケル・サルデル著、鬼澤忍訳の新書『実力も運のうち 能力主義は正義か?』を読み終えたのであらすじなどを綴る。

 

実力も運のうち 能力主義は正義か?(THE TYRANNY OF MERIT What's Become of the Common Good?)

ハーバード大学の学生の三分の二は、所得規模で上位五分の一にあたる家庭の出身だ。にもかかわらず、彼らは判で押したように、自分が入学できたのは努力と勤勉のおかげだと言う――人種や性別、出自によらず能力の高い者が成功を手にできる「平等」な世界を、私たちは理想としてきた。しかしいま、こうした「能力主義(メリトクラシー)」がエリートを傲慢にし、「敗者」との間に未曾有の分断をもたらしている。この新たな階級社会を、真に正義にかなう共同体へと変えることはできるのか。超人気哲学教授が、現代最大の難問に挑む。解説/本田由紀(東京大学大学院教育学研究科教授)

サンデル・マイケル(Michael J. Sandel)

1953年生まれ。ハーバード大学教授。専門は政治哲学。ブランダイス大学を卒業後、オックスフォード大学にて博士号取得。2002年から2005年にかけて大統領生命倫理評議会委員。1980年代のリベラル=コミュニタリアン論争で脚光を浴びて以来、コミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的論者として知られる。類まれなる講義の名手としても著名で、中でもハーバード大学の学部科目“Justice(正義)”は延べ14,000人を超す履修者数を記録。あまりの人気ぶりに、同大は建学以来初めて講義を一般公開することを決定。日本ではNHK教育テレビ(現Eテレ)で『ハーバード白熱教室』(全12回)として放送されている。著書『これからの「正義」の話をしよう』は世界各国で大ベストセラーとなり、日本でも累計100万部を突破した。2018年10月、スペインの皇太子が主催するアストゥリアス皇太子賞の社会科学部門を受賞した

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内容要約
『ハーバード白熱教室』などで知られる大学教授・政治哲学者が、アメリカでの大学裏口入学やトランプ大統領選挙などを発端として、各地で広がる学歴偏重主義・能力偏重主義の功罪を述べ、よりよき社会を実現するための提言を行う、という内容。
(1章)アメリカでは名門大学・有名大学への大学入学競争が熾烈になり、大学側でも優秀な学生を集めようと門戸を広くする一方、実際には上流家庭の子供がそのまま良い大学に入り、下流家庭の子供は入学できずによい仕事にも就くことができず、結果として社会格差や差別意識は拡大してゆき、アメリカンドリームは幻想になっていると述べる。
(2章)キリスト教や貴族主義が支配的だった頃は、上流/下流家庭に生まれた子供はその地位を引き継ぐしかなかったが、上流の場合はその恵まれた環境に感謝し、下流の場合は仮に優秀であっても活かす環境が与えられないのは運命的に仕方ないという諦めを抱くことができた。しかし今日では、(本当はそうでないにも関わらず)成功者には学歴・能力により自らが高い地位にいるという驕りを生じさせ、敗北者には自らの欠如といった現実から逃れる術が失われていると述べる。
(3~5章)学歴偏重主義・能力偏重主義が実際にはほとんど社会的流動性がないにも関わらず、近年の政治はそれらをレトリックとして用いてきたた。そのため金融危機やトランプ大統領就任を引き起こして人々や社会を混乱に陥れてきたことが語られる。
(6章)大学では出身家庭よりも本人の学力が重視されるようになっていったが、その過程を分析することで現状の社会格差を是正しようと試みる。結局のところSAT(アメリカの学力テスト)の得点は富に比例することから、受験者からテストである程度まで絞り込み、あとはくじ引きで決めることを提案する。くじの当選者はその幸運に感謝し、落選者にも慰めがあるという。また専門学校など大学以外の教育機関へ予算を充てるべきだとも提言する。
(7章)労働に関して、経済活動ではなく共通善の民主性に重きを置き、労働の尊厳を取り戻そうと語る。

感想
現代社会として当たり前に存在しているが明文化されていない事柄をスッキリ述べている良書である。
本書前半部分における、アメリカが学歴・能力偏重主義に陥ってゆく過程がいくつもの例を挙げて説明されているが、この部分がくどいように感じる一方で、しっかり読めばアメリカの近年のムーブメントを総括して振り返ることができる。
そして学歴主義や能力主義が思ったより社会に好影響を与えないどころか、政治や経済の良いように利用される結果となってしまっている状況整理に納得する。一方、その対案としての「大学合格者くじ引き理論」は合理性は認めるが、もし自身が大学出身の親で、子にも自身と同じ大学に入ってほしくて環境を整えたのに、くじに見放されて入学が叶わなかったとなれば、子や大学に愚痴を言いたくはなる。大学に知り合いが居たり、子が大学ではなく教授に師事したかったりすればなおさらである。また労働に共通善や民主性を見出そうとしているが、目標が曖昧であり、またそういった理想論が失敗した結果が現代社会ではないかと考える。
一般人が読めば、自己の経歴や現状を見直して小さな感謝や救済にはなる一方で、政治家や教育関係者が読んでも実際のアクションにはなかなか移すことのできない大局的な内容の『実力も運のうち 能力主義は正義か?』だった。