AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『8050』書評感想

 

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 林真理子の最新作『小説8050』を読み終えたのであらすじなどを綴る

 

小説8050

従順な妻と優秀な娘にめぐまれ、完璧な人生を送っているように見える大澤正樹には秘密がある。有名中学に合格し、医師を目指していたはずの長男の翔太が、七年間も部屋に引きこもったままなのだ。夜中に家中を徘徊する黒い影。次は、窓ガラスでなく自分が壊される――。「引きこもり100万人時代」に必読の絶望と再生の物語。

林真理子
1954(昭和29)年、山梨県生れ。1982年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになる。1986年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞、1995(平成7)年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、1998年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞、2020(令和2)年、菊池寛賞を受賞。そのほかの著書に『不機嫌な果実』『アッコちゃんの時代』『正妻 慶喜と美賀子』『我らがパラダイス』『西郷どん!』『愉楽にて』『綴る女 評伝・宮尾登美子』など多数。

www.shinchosha.co.jp

  本書のタイトルの通り「8050問題」からはじまる家族小説である。「8050問題」とは「年とった親の年金めあてに、引きこもりの子どもがべったりくっついているというやつ」(作中台詞)である。 

 物語のあらすじは以下のようである。
 歯科医院を経営する大澤正樹と節子は、7年前から引きこもっている21歳の息子・翔太のことを憂いながらも日々の仕事に勤しんでいた。そんな時に娘の由衣に結婚の話が来たが、世間体から翔太の引きこもりの解決を目指すようになる。家族間で揉め事を起こしながらも、翔太が引きこもっているのは精神疾患ではなく中学生だった当時のいじめが原因だと判る。決着を付けるため、いじめの加害者である同級生の3人に対して裁判を起こす翔太と正樹だったが、意見の食い違いから正樹と節子は別居し、翔太は自殺を行ってしまう(未遂に終わる)。しかし裁判はやり遂げて賠償金を勝ち取り、由衣も結婚し、翔太も心身を新たにして人生を取り戻してゆく。
 小説を読んでいて、引きこもりの子どもを抱えている両親や家庭を疑似体験できる内容になっている。そこには様々な立場の登場人物たちが各々の意見をぶつけ合っていて明瞭快活であり、それでいて物語の中心となる大澤家の家族愛の優しさには感動するところがある。「8050問題」を知らないあるいは興味がない読者でも、平坦な文章と適度な説明、そして会話中心の進行により難なく話の内側に入ってゆくことができる。物語後半は裁判までのやり取りや裁判所での弁論が描かれ、家庭とは一味違った緊張感もある小説になっている。

 本書の物足りない点として、あくまで8050問題は物語の発端であり、真正面から当社会問題に立ち向かっているとはいえないところである。確かに、まずは一般的な8050問題の説明を行い、同様の問題を抱えている家族を描写しては事の重大性を説いたりはしている。しかし、なぜ日本で8050問題が顕在化しつつあるのか?、どうして中高年は引きこもり続けるのか?、そしてこういった問題に対して国政やカウンセラーはどう対応しているのか?、といった深い領域には踏み込んでいない。作中でも翔太が過去にカウンセリングを受けているが状況は解消されず、再受診や業者の勧誘も断っている。もちろん、引きこもり問題に分け入ってゆけばゆくほどノンフィクションらしくなり、娯楽小説や一般文芸とはかけ離れてしまうかもしれないが、翔太や正樹が医者や社会法人の協力よりも裁判で訴えかけるという選択を取ったのは、社会小説からリーガルドラマへの方針転換であり、全体としての締りの悪さにつながっている。小説の冒頭では、同じ8050問題を抱えている近所の坂本家において母親の死去と息子の滞留により強制執行が起こるが、彼らにも様々なドラマがあっただろう(作り出せただろう)し、現実としてレポートされないような話をあえて描く方が小説らしいと考えられる。大澤家だけでなく坂本家など複数の家族を描写すれば、物語全体としても社会的つながりのようなものが生まれてきて、結果的に社会小説らしくなったかもしれない。
 また本書後半における裁判までの流れについても、前半と比べて展開がやや停滞気味になっている。弁護士の高井が「一ヶ月に一度会って書面や資料を出し合う。結果、裁判は約一年かかるというわけです」と言うように、冗長な雰囲気が否めない。また尋問は最後に翔太や高井が行うのみで、口頭弁論などは高井らが裏側で進めては事後報告するのみであり、本格的なリーガルサスペンスとはいえないレベルである。証拠の出方も偶発的なものであり、裁判には実質勝利するものの明快な勧善懲悪とはいかない。作中でも裁判は「決着をつける」ためであるとしていて実際にそうなったのに「晴れやかではない」のが腑に落ちなかった。

 序盤の大澤家の家族紹介や引きこもり問題の当事者責任感を引き出してゆくスピーディな展開は見事だが、後は法廷ものにシフトして山あり谷ありのドラマが描かれるという、通俗的で場当たり的な内容が気になったのが『小説8050』である。

 

小説8050

小説8050

  • 作者:林真理子
  • 発売日: 2021/04/28
  • メディア: Kindle版