AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『タイタン』書評感想

 

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 今回は小説『タイタン』を紹介します。野崎まどによる著作であり、2020年4月21日に講談社から発売されました。

 

 

あらすじ

今日も働く、人類へ
至高のAI『タイタン』により、社会が平和に保たれた未来。人類は≪仕事≫から解放され、自由を謳歌していた。しかし、心理学を趣味とする内匠成果【ないしょうせいか】のもとを訪れた、世界でほんの一握りの≪就労者≫ナレインが彼女に告げる。
「貴方に≪仕事≫を頼みたい」彼女に託された≪仕事≫は、突如として機能不全に陥ったタイタンのカウンセリングだった――。
アニメ『バビロン』『HELLO WORLD』で日本を震撼させた鬼才野﨑まどが令和に放つ、前代未聞の超巨大エンターテイメント。

bookclub.kodansha.co.jp

 2009年に小説『[映] アムリタ』でメディアワークス文学賞を受賞してデビューし、『バビロン』シリーズや『HELLO WORLD』などアニメ原作や脚本作品としての評価も高い小説家・野崎まど。
『タイタン』は「メフィスト」2019 VOL.1から2020 VOL.1にかけての連載を単行本化したものであり、2205年の超高度社会を舞台に、とある出来事からAIのカウンセリングを任された主人公が、対話を通じて未来の仕事とは何か? を問いかけてゆくエンターテインメント小説です。

 

感想

 人類は労働から解放された世界で、主人公である内匠成果は26歳の一般市民として生活を営んでいました。しかし彼女は心理学を趣味としていたことをきっかけに、カウンセラーの仕事を負わされてしまいます。そしてその内容とは、社会を支えるAI「タイタン」の不調を解消すべくその診察を担当することでした。

 悩める巨大AI施設は「コイオス」と名付けられており、さっそく内匠は仕事に取りかかります。まずは”彼”の人格形成から始まり、傾聴・カウンセリング・診療を経るにしたがって、コイオスの社会を支える仕事に対する不満が明らかになってゆきます。しかしある時にそれが爆発し、AIは外骨格を得て暴走を始めます。ですが内匠は対話に成功し、コイオスと共にサンフランシスコにある別の知能拠点まで旅をする決意をします。

 様々な冒険や体験を経て内匠とコイオスは、もうすぐ最新型AI「フェーベ」との対面まで駆けつけます。一方、AIタイタンも一枚岩ではなくなり、内匠たちを捕らえようとしてきます。人間たちに危険が迫る中、コイオスとフェーベはついに出会うが、そこでの交流も一筋縄ではいかず、世界はパニックに陥ってゆきます。

『タイタン』、まとめです。本書は泣きも笑いも勢いも深みもある良質なエンタメ・サイエンス・フィクションです。一見すると狭い診察室で話が完結しそうではありますが、そうではなく、後半には壮大な冒険が描かれていて重層感のある物語です。オチに関してもスッキリしており、とてもよい読後感が得られます。

 

オチ

 AIタイタンの一員であるコイオスの不調は「仕事が簡単過ぎる」からだった。しかしじつは新型タイタンがその解決策として、あらゆるモノ(生産物・製造物・創作物)を取り込んで消費する構造体《ヘカテ》を準備しており、コイオスはそこへ行って働くことでやり甲斐を得て、内匠と社会は再び平和を取り戻してゆく。
 これまでの物語と社会はさらに160年を経ても変化することはなく、延命治療を受けている内匠も当たり前のように仕事に取りかかってゆく。

 

感想(ネタバレあり)

 とても面白かったです。
 ストーリーについて、本書を手に取った時は実際的なアクションは少ないイメージを抱いていました。しかし中盤にて一気にスケールアップし、冒険ものの雰囲気を経て終盤はロボット大戦や逃走サスペンスが描かれるという、まったく予想外の展開の連続でした。近未来SFということで序盤はやや辞書的な説明描写が多いものの、途中から実際的な行動や含みのある会話が多くなり、ページ数やテーマの割りには読みやすく仕上がっていると思います。ただ終盤の、内匠たちが他のタイタンから追われている場面で、マネージャーのナイレンらが1人また1人と犠牲になってゆく様は、キャラクターの存在や働きに意味を持たせる目的もあったかとは考えられますが、ちょっと狙いすぎな気がしました。

 語り部である内匠成果のキャラクターについて、彼女はカウンセラーとして必須の優しさを持つと同時に、物語の主役を張れるような個性も持っており、魅力的でかつ受け入れやすい人物に仕上がっています。かつ彼女は天才ではなく、むしろ2020年代の現代人らしく仕事にプレッシャーを感じたり単純な疲れを覚えたりするなど、あまり未来的ではなく等身大な人間である印象を受けます。

 労働についてを深く取り扱おうとしている本書ですが、それが果たせたかどうかは少し疑問の残るところです。労働の負荷は大きく分けて、身体的負荷と精神的負荷に分けられますが、実際に労働を担っているタイタン(コイオス)は身体的負荷(仕事量や拘束時間)を苦にしていないですし、精神的負荷(失敗のリスクや対人関係)とも離れています。一般の産業労働者はほとんど登場せず、内匠以外の主要登場人物たちもそれほど仕事を苦にしていない様子で、マネージャーのナイレンに限っては仕事中毒者(ワーカホリック)です。読者一般が行う労働とは結構ズレた、未来の専門性の高いものを”労働”として無理に一般化する傾向が見て取れ、その辺りが腑に落ちませんでした。

 

終わりに

 個人的に『タイタン』は伊藤計劃『ハーモニー』や長谷敏司『あなたのための物語』を継いだ、近未来社会×AI×道徳論がベースだと考えています。そこに身体性を獲得したAmazon AlexaやGoogle HomeのようなAIアシスタントが入り込み、そして10年代後半の働き方革命のようなテーマが混ざり合わさった上でエンタメ的に昇華した、20年代SFの第一歩を踏み出した小説に感じました。また近い将来に実現可能な技術レベルで物語を描いていて、日々の労働に勤しむ読者の希望的一冊になりそうです。綺麗に終わっているので続編はなさそうですが、ストーリーの場面転換が多く、分量的にも劇場アニメ化を期待できるほど面白い内容だと思います。

 

タイタン

タイタン

  • 作者:野崎 まど
  • 発売日: 2020/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)