AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

村上春樹『騎士団長殺し』書評感想

 

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 今さらながら村上春樹の『騎士団長殺し』を読み終えた。

 

騎士団長殺し ―第1部 顕れるイデア編〔上〕―

一枚の絵が、秘密の扉を開ける――妻と別離し、小田原の海を望む小暗い森の山荘に暮らす36歳の孤独な画家。緑濃い谷の向かいに住む謎めいた白髪の紳士が現れ、主人公に奇妙な出来事が起こり始める。雑木林の中の祠、不思議な鈴の音、古いレコードそして「騎士団長」……想像力と暗喩が織りなす村上春樹の世界へ!

村上春樹

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』などの短編小説集、エッセイ集、紀行文、翻訳書など著書多数。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、2009年エルサレム賞、2011年カタルーニャ国際賞、2016年ハンス・クリスチャン・アンデルセン文学賞を受賞。

www.shinchosha.co.jp

 『騎士団長殺し』は村上春樹の、今のところ最新の長編小説であり、単行本は2017年に出版されている。作中の時代設定も2000年代半ばとなっており、インターネットや携帯電話といった文明の利器はほとんど登場しないものの、2020年代に読んでもそれほど社会の雰囲気に違和感は覚えないはずである。
 ストーリーの大筋としては、36歳の画家である「私」が「騎士団長殺し」という絵を見つけたことから、不可解な出来事が次々と起こり、それらについてひとつの帰結を得る物語となっている。妻には離婚話を切り出され、変わった隣人に肖像画の制作を依頼され、アトリエ裏には祠の穴が見つかり、なぜか白いスバル・フォレスターの男の印象が残り、13歳の中学生の肖像画も描くことになる。私はそれらの意味を考えようとするが、なかなか答えにたどり着くことができない。そんなもどかしさが連なる内容である。

 本小説のテーマは「暗喩」であり、様々な出来事にメッセージが込められている。妻との離婚から人間関係が、肖像画家という職業の意味問いが、そして騎士団長はどういった存在なのか、ということを作中の語り部である私は思考してゆく。そして同時に、読み手も自らの境遇に照らし合わせて意味合いを理解しようとしてゆく、そういった読み方があり、『騎士団長殺し』はメタファーのトレースに優れた小説だと思う。裏を返せば、明瞭なストーリーやメッセージが提示されておらず、古風あるいは詩的な雰囲気も希薄で、平坦で俗っぽい内容ともいえる。

 ところで、村上春樹の小説には「やれやれ」というフレーズが頻出することが知られている。どの作品でも難解な出来事が起こり、それらに対して語り部たちはある種の客体と諦観をもって状況を整理するための枕詞として用いるためだと考えられる。参考までに、『ノルウェイの森』では12回、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では21回、『ダンス・ダンス・ダンス』では30回登場する。
『騎士団長殺し』の「やれやれ」はどうか? 1回のみである(電子書籍では文字列検索により1秒でカウントできる)。

「やれやれ、これだけの機器を持ち出して重い石の山をどかし、石室を開いて、その結果判明したのは、我々には結局何ひとつわからなかったという事実だけのようです。辛うじて手に入ったのはこの古い鈴ひとつだけだ」

村上春樹. 騎士団長殺し―第1部 顕れるイデア編(上)―(新潮文庫) (Kindle の位置No.3624-3626). 新潮社. Kindle 版.

  全編読み終えてから振り返ってみると、このシーンはその後の物語におけるターニングポイントだった。『騎士団長殺し』において「やれやれ」の登場はこれっきりだが、注意深く読むに値するほど効果的な一語だった。

 

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2019/02/28
  • メディア: ペーパーバック