AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『明け方の若者たち』書評感想

 

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 今回は小説『明け方の若者たち』を紹介します。カツセマサヒコによる著作であり、2020年6月10日に幻冬舎から発売されました。

 

  

あらすじ

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」その16文字から始まった、沼のような5年間。近くて遠い2010年代を青々しく描いた、人気ウェブライターのデビュー小説。
明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、‶こんなハズじゃなかった人生″に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。深夜の高円寺の公園と親友だけが、救いだったあの頃。
それでも、振り返れば全てが、美しい。人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

www.gentosha.jp

 

著者紹介

  • カツセマサヒコ

 1986年東京生まれ、大学を卒業後、2009年より一般企業にて勤務。趣味で書いていたブログをきっかけに編集プロダクションに転職し、2017年4月に独立。ウェブライター、編集として活動中。本書がデビュー作となる。

 

ポイント

  • マジックアワー
  • 社会と個人
  • 文章のテンポ

 

マジックアワー

 本書は2012年の東京を舞台として、大学生である「僕」の就職先が決まり、同期との「勝ち組のみ」に参加する場面から始まります。しかしいきなり「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」と連絡があり、そこで会う彼女に惹かれてゆき、やがて付き合いながら就職し、日々の仕事に疲弊し、やがて彼女と別れる恋愛が繰り広げられます。そしてそれは誰もが似た体験をする20代中盤の瑞々しさを含んでいます。

 

社会と個人

 登場人物たちの行動の根底にあるのは、2010年代の空気感であり、「誰からも賞賛されるような存在になるよりも、たった一人の人間から興味を持たれるような人になろうと決めた」というセリフに代表されるように、社会に溶け込む没個性的ではなく、クリエイティブで特別な人間になろうとする意識です。しかし思い描いていたような理想はほとんど叶えられず、実際に横たわる現実が社会の営みやSNSによって増幅して描かれてゆきます。

 

文章のテンポ

 作中では適度に横文字や緩い表現や流行の固有名詞を用いつつ、独特な句読点の組み込みによって心地よい文章の雰囲気を醸し出しています。これが作中の人物たちが自らに酔う様子を映し出しており、かといって否定的に捉えられない巧みな構成になっています。

 

結末

 僕が付き合っていた彼女は既婚者であり、3年間の不倫生活が終わり、僕は失意に陥る。
 同期も転職など様々な方面に進んでゆく中で、僕も会社に異動希望を出し、少しでも自身の生活を変えようとする選択をする。一方で、元カノの思い出に浸りながら、携帯電話をなくしたことに気がつく。

 

終わりに

 内容はありませんが、その虚無性を広く共感できる形に収めている小説です。
 舞台や時代が限定的ですが、そこに多くの人が共感できるような表現や仕草、エピソードが盛り込まれており、文章のマジックさが窺えます。ただ一方で、他の青春小説や恋愛小説、ヒューマンドラマとの比べて本書のテーマ的特徴が見出せず、2010年代の働き方や言葉の言い回し、SNSの功罪などそれ以外の部分しか印象に残らないのが『明け方の若者たち』です。

 

明け方の若者たち

明け方の若者たち