AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

色はどこまで広がっているか? 小説『カラフル』の異彩

 

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「おめでとうございます、抽選に当たりました!」と唐突に始まるのは、森絵都さんの小説『カラフル』です。というのも、生前の罪により輪廻のサイクルから外れたぼくの魂が、どうやら天使業界の抽選に当たり、再挑戦のチャンスを得たようです。自殺を図った少年である真の体へのホームステイをして、自分の罪を思い出さなければならない、という流れで物語は始まります。しかし真として過ごすうち、ぼくは人の欠点や美点が見えてくるようになってきて……と話は広がってゆきます。一九九八年に単行本化した『カラフル』ですが、手元の文庫本は第二十五刷であることから、長く愛され読まれている小説ではないでしょうか。

 
『カラフル』を読んでいて、注目したいところは三つあります。まずは表題の通り、作中で色は文章としてどう表現されているか。また『カラフル』の登場人物であるぼく、真、父と母、兄の満、友人のひろか、唱子、早乙女くん、そして天使のプラプラの性格。そして作品内に登場する白い傘という素朴なアイテムを取り上げます。
 まずは色について。タイトルからして色は本作のテーマであり、文中にも「天使は瑠璃色の瞳」、「大人びた濃緑のジャケット」、「不気味な青あざ」など、色に関係した表現が多く、おそらくタイトルを知らなくても、それに気持ちを誘導されてしまうくらい作品には色が溢れています。物語が進むにつれて、ぼくが転生した真は美術部員であり、生前の真が描いたキャンバスの色使いが話題に上がるなど、徐々に色のテーマが浮かび上がってきます。そしておそらく、ぼくが色々なことを体験したり考えたりしたことから、彼の世界は広がりをもっていく、あるいは他の人とのつながりが分かるようになってゆき、その様子が色の変化で描かれてゆきます。作中でもぼくが「それは、黒だと思っていたものが白だった、なんて単純なことではなく、たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた、という感じに近いかもしれない」と表現しているように、気持ちの変化を色で伝えてくれます。読んでいて、挿絵のない黒い文字と白いページが続いてく中で、頭の中に色のイメージが鮮明に浮かんでくるところに心を動かされました。


 次に登場人物について。真として生き返ったぼくは、最初はどんな人物なのか分からず、どこか面倒なおじさんの雰囲気さえする、正直いってあまり共感できないキャラクターでした。しかし彼が真の住む小林家のひどい環境にもめげず、天使のプラプラと気安い会話を交わしながら、友人のひろか、唱子、早乙女くんをはじめ多くの人物たちと心を通わせてゆくにしたがって、ぼくは優れた人間ではないけれど、それゆえに誰とでも親しくなれる、とてもいい人物だと思います。よく読むと、『カラフル』に登場するキャラクターは誰もが完璧ではなく、誰かの命令や提案、考えがそのまま通ることはほとんどありません。しかしそれを悲しむことはなく、皆で話し合って理解し合い、よりよい未来へ進んでいこうとする姿勢に勇気づけられました。


 そして『カラフル』に登場する小道具について。例えばぼくのガイド役の天使であるプラプラは、いつも白い傘を持っています。「配給品だよ、おれのセンスじゃない」と彼は言い、どうやら気に入っていない様子です。しかし白色という、何色にも染まっていない傘を、彼のボスから重石として持たされているのではないでしょうか。ですがプラプラも最後にはその傘を放り投げてしまい、あとでボスには怒られそうではありますが、プラプラにとってそれだけぼくとの日々は新鮮であり、ぼくが救われたと同時にプラプラも救われたのではないかと思います。


 天界とか自殺とか美術とか、今まであまり深く考えたことがなかったので、『カラフル』を読み切れるかどうか不安はありました。ですが読み進めてみると、そこに描かれているのは誰もが持つ人の弱さであり、好きなものに時間を忘れて打ち込んでしまう熱意であり、そして高校受験が迫っているという現実でした。しかしそれらを人と人とのつながりによって乗り越えてゆき、その様子を色の広がりで表現するところに『カラフル』の魅力が詰まっています。これを読んで、すぐさま周りの環境が変わるわけではありませんが、少しずつ、例えば身の回りのものの色に注目して、これからの人生を豊かにしてゆこうと思います。

 

カラフル (文春文庫)

カラフル (文春文庫)

  • 作者:森 絵都
  • 発売日: 2007/09/10
  • メディア: 文庫