AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『ヴェールドマン仮説』書評感想

 

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 著:西尾維新の小説『ヴェールドマン仮説』を読み終えまして、感想を綴ります。

 

 

あらすじ

おじいちゃんが推理作家で、おばあちゃんが法医学者、父さんが検事で母さんが弁護士、お兄ちゃんが刑事でお姉ちゃんがニュースキャスター、弟が探偵役者で妹はVR探偵。
名探偵一家のサポートに徹するぼくだけれど、ある日強烈な「首吊り死体」を発見し、連続殺人事件を追うことに。
被疑者は怪人・ヴェールドマン。布(ヴェール)に異様な執着を示す犯罪スタイルからそう呼ばれている――。
(講談社BOOK倶楽部より引用)

bookclub.kodansha.co.jp

 西尾維新の著書100作目として大々的に宣伝されてきたミステリ小説です。同著者には珍しい1冊完結作(ノンシリーズもの)で、表紙を除く各登場人物の挿絵も扉絵もない大人向けの小説です。
 ストーリーは、通称”ホームズ一家”の一員でありながら無職で家事手伝いに務めている吹奏野真雲(ぼく)が、とあるきっかけで”布(ヴェール)”を巧みに扱う犯人を追うことになり、その謎に包まれた人物(ヴェールドマン)を仮説・検証してゆく、探偵小説ともいえる筋書きです。また恋愛要素はありません。
 裏付けに100の著作リストがありますが、数えてみたところ自分が読了した冊数は40でした(主に<物語>シリーズと忘却探偵シリーズ)。

感想

 中途半端、というのが大枠の印象です。
 冒頭は、主人公の真雲が朝食を準備している間に、各家族が起床してやって来ては人物紹介を兼ねてのトークが繰り広げてゆく、という会話劇から始まります。西尾維新小説の特徴であり本作でも推進されているキャラクター主導の展開ですが、『ヴェールドマン仮説』は紙幅の都合もあってやや控えめな感じがあります。職業と性格倫理が密接に結びついている前提にも描写の強引さが残りますが、このあたりのテンポが良いおかげで各人物のプロフィールを難なく理解することができます。またミステリには珍しく、「ヴェールドマン」と疑わしい人物の数より主人公の味方が多いという状況が生まれ、さらには終盤の展開やオチにまでつながっている点は見事だと感じました。
 本作の語り部であり推理役の真雲は、高校を中退していてかつ周りの職業エリートにコンプレックスを抱いている青年ですが、本作では彼の過去や心の内は描かれず、意見も控えめで行動も受動的という、一般的には珍しいキャラクターです。西尾維新作品では『クビキリサイクル』をはじめとする戯言シリーズのぼく(いーちゃん)に近しい存在です。本作では真雲に探偵役、語り部、ヴェールドマンへの理解、一般人への配慮といった様々な役割を付与させすぎているにもかかわらず、彼自身はそれほど苦心しているようには見えないところが、真雲の魅力である一方で、理解不足により受け入れ難い存在であるようにも思えます。もしも『ヴェールドマン仮説』がシリーズ作品であり、巻を重ねるにつれて内面が深堀りされていったとすれば、ファンが大勢できるようなキャラクターだったでしょう。
 一通りの紹介が終わったところで、真雲の姉の霧霞(りか姉)から、「ヴェールドマン」なる人物の調査を依頼され、ミステリとしてのストーリーがはじまります。その後の展開は、あるヒントから向かった先でまたヒントを得て、また足を運ぶ、あるいは都合よく誰かから呼び出される、といった古風なものです。ただ細かな部分が現代(令和)らしくなっていて、ネット検索やスマートフォン、ソーシャルネットといったものがフル活用されています。
 また真雲の章立ての合間に、ヴェールドマン(と思われる者)の”幕間”(独白手記)が挿入され、ストーリーと共に進行してゆきます。正直いって内容の信ぴょう性は疑わしいものですし、順々に読んでいっても理解しがたいものなので、それほど気にしなくてもよいとは思いますが、本作の怪しげな雰囲気を醸し出すのには効果的でした。

ネタバレあり

 ヴェールドマンが誰なのかについて、読者は初見で絶対に当てることができないです。そもそも真雲の推理ではなくヴェールドマンの自首によって事件に幕が降りるので、推理ものとしても微妙だと思います。事件後に状況を整理するにあたって、振り返ってみればヴェールドマンの犯行の動機や一貫性や可能性は作中で仄めかされていたことから、そこまで理不尽なミステリではなかったようにも感じました。ただやっぱり、本格ミステリとしては地味ですし、ドラマ性もなく、キャラクターが主役のライトノベルな読み方もできず、エンタメ小説の心地よい読後感も薄いといったことから、突出して褒めるところがないところが本作の惜しい部分です。フォローすると、個性的な登場人物によくわからない怪人、軽妙な会話に難解なミステリを一冊に詰め込むのは異質で素晴らしいことですけどね。
 ヴェールドマンの”幕間”から察するに、当人物の生い立ちには問題があったようですが、対比されるように主人公たち吹奏野家も際立って描かれます。そしてその雰囲気は、家族全員が同じ時間・空間に居揃う前時代的なものではなく、それぞれのライフスタイルに合わせて個々のコミュニケーションを取りながら、グループチャットで全体の会話や相談をする、といった現代的な結びつきによって成り立っています。一方、ヴェールドマンも「我々は、我々を増やしたかったんです」と述べていますが、それは肉体的・生物的な増殖ではなく、むしろ精神的・環境的なことを意図してのものであり、「家族」というテーマを考えさせられました。

まとめ

 正直いって、『ヴェールドマン仮説』は個人的な期待値には届かない内容でした。どうも語り部である吹奏野真雲の、「”何者”にもなれない諦念さ」がそのまま本作全体まで波及しているように暗いです。それでいて「ひねくれ者がそのまま幸せになる」という西尾作品らしさはなく徹頭徹尾幸せで、自分とは相性やタイミングが悪い小説でした。しかしながら、著者も読者もずっと青春小説や青年小説を読み書きし続けるのは難しく、そこで試みたのが『ヴェールドマン仮説』だと考えると、それほど無下にはできないとも感じます。
「仮説シリーズ第一弾」とも述べられていますがほとんど冗談で、一冊完結だから西尾作品の入門や復帰にオススメ! というわけではありません。著作の中でもかなり風変わりで実験小説的な側面も強いため、一般受けもファン受けも芳しくなく、相当覚悟して読まないといけない、という意見です。
 ストーリー(紙幅)はやや長め(厚め)という感じで、また各登場人物の個性も際立っていて、普通の現代の話なので、メディアミックス(マンガ化・アニメ化・ドラマ化・映画化)の可能性もなくはないのかもしれません。個人的には舞台演劇に向いていると考えていて、そういった身体の動きをイメージして小説を読み進めるとまた違った面白さがあると思います。

 ということで、発刊してまだ間もない小説『ヴェールドマン仮説』感想でした。当記事がその内を垣間見る一端になれば幸いです。

 

ヴェールドマン仮説

ヴェールドマン仮説

  • 作者:西尾 維新
  • 発売日: 2019/07/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)