AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『いいからしばらく黙ってろ!』書評感想

 

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 今回は小説『いいからしばらく黙ってろ!』を紹介します。竹宮ゆゆこによる著作であり、装画は米代恭が担当しています。2020年2月14日にKADOKAWAから発売されました。

 

 

あらすじ

カオスの中でしか、私は生きている実感を味わえなくって――。
大学卒業直後に、婚約者も、就職先も、住む場所さえなくなった富士。彼女が出会ったのは、社会のはみ出し者が集う小さな劇団で――。背に腹は代えられぬ、私はここで生き抜くの!

www.kadokawa.co.jp

 ライトノベルの人気作『とらドラ!』シリーズや『ゴールデンタイム』シリーズをはじめ、一般文芸でも活動の場を広げている小説家・竹宮ゆゆこ。
『いいからしばらく黙ってろ!』は「カドブンノベル」2019年11月号から2020年1月号にかけての連載に加筆修正を行い、単行本化したものです。ストーリーの大枠として、現代の東京を舞台とし、とある出来事から演劇団の運営に携わることになってしまった主人公が、不器用ながらも演劇とはなにか? 表現とはなにか? について突き詰め体験してゆくドラマです。

 

感想

 最初に語り部である龍岡富士の思い出が語られた後、大学の卒業間際、両親や友人から見放され、人生のどん底に陥る場面から物語は始まります。そんな際にふと目にしたチラシから演劇舞台に駆けつけ、そこで才能を見出されてはトントン拍子に劇団へ加入してしまいます。生活に困っていた富士は、劇団主宰の勧めもあって団員のシェアハウスに移り住みます。

 しかしそこで待っていたのは厳しい現実でした。劇団は演劇コンテスト賞の獲得と賞金を目指しているものの、先日の演劇が失敗に終わり、メンバーの不和や信頼回復、資金繰りに苦労していました。富士自身も個人的な問題や演劇に対する無知に悩みつつ、それらの解決に奔走してゆきます。

 やがて演劇に必要なピースが揃いつつある中、突如として富士の元婚約者が現れ、結婚を取るか、演劇を取るかの岐路に立たされます。そしていよいよ劇団の初回公演が行われますが、そこでもトラブルが頻発します。はたして演劇は成功するのか? そしてコンテスト賞は獲得できるのか? という流れです。

『いいからしばらく黙ってろ!』、まとめです。演劇にまつわるドラマですが、その周囲の生活さえ演劇ではないかと感じるほどのドタバタコメディが繰り広げられています。また登場する劇団員は誰もが強烈なキャラクター性を持っていて、彼らによるテンポのよい会話劇でもってストーリーは楽しく進行してゆきます。語り部の富士は演劇の素人ですが、それゆえに彼女の体験を通して演じること、表現すること、そして演劇の魅力が描かれます。

 

オチ

 紆余曲折ありながらもメンバーと資金と劇場を押さえた劇団「バーバリアン・スキル」は、初回公演時にトラブルが連続しつつもなんとか終幕し、その内容も口コミに乗り大成功に終わる。演劇コンテスト賞も見事受賞し、舞台監督の樋尾の脱退はありつつも、劇団の歴史はまだまだ続いてゆく、というオチ

 

感想(ネタバレあり)

 悪い意味で、いろいろと思うところのある内容でした。

 まず全体的な過剰演出が受け付けなかったです。
 演劇がテーマということもあり、『「演劇を見る富士」を演じる演劇』を見るというメタ構造となっていて、作中劇の『見上げてごらん』は適度な騒ぎ方であるのに外枠の『バリスキ劇』とのテンションの落差が激しすぎて、読んでいて疲れました。単行本の紙幅は450ページ超とやや長めであるものの、その4割くらいは無意味な会話劇とパロディネタで占められている雰囲気であり、ストーリーに起伏があっても(壁と溝ばかりで)傾斜がないのが本当にきつかったです。

 キャラクターの性格にしても、基本的に大学生のノリを通しているのが無理でした。
 特に劇団主宰の南野は27歳のようですが、性格は中二病です。彼は自身の世界観に閉じこもってそれを他者に押しつけています。それゆえに他の劇団員に見限られて劇団も壊滅寸前になるのですが、特に彼のパーソナリティが変化することもなく演劇者として成功してしまうところに疑問を抱かずにいられませんでした。少しでも南野に『「自身が痛い性格である」という自覚を持っている上であえてバカを演じている』という雰囲気を感じさせるシーンがあればまだ受け入れられたと思うのですが、無かったか、あるいは描かれていたがわずかなために埋もれてしまいました。
 他の劇団員にしても程度の差こそあれ同様の傾向であり、年齢や状況との噛み合いのなさが気がかりでした。

 富士のストーリーも、序盤で臭わせな関係の須藤との仲を深めるかと思いきや淡泊に流され、中盤の樋尾を追う展開は『ゴドーを待ちながら』のように不条理に会えずに終わると思いきやよりを戻すことに成功し、終盤にて富士の家族問題が解決するかと思えば先延ばしとなってしまいました。つまり富士と劇団がリスタートした以外には何も起こっておらず、紙幅のボリュームに対して実際の物語が小さすぎます。

 評価できる点を挙げると、語り部の富士はある種の”捲き込まれ式”にストーリーに絡んでいるようにみえて、彼女はしっかり自身の意志と理由をもって選択しているところがよかったです。彼女は演劇の素人ですが、途中で都合よく演者や監督者としての才能に目覚めることもなく、偶発的に舞台に立って演者の喜びを体験することもなく、あくまで橋渡し役や観客者の立場として演劇を俯瞰することに徹底していました。

 

終わりに

 総括すると「俺たちの演劇はこれからだ!」みたいな打ち切り漫画風にストーリーは終わるので、続巻も出ないと思います。もちろん、富士の家族問題は解決していないですし、須藤との関係も描き切れていない、舞台監督の脱退により劇団にも変化が求められる、などなど、素人読者ながらも展開の広げ方には困らない印象を受けます。一方で、それほど本書の話題性は高くないようですし、ライトノベルとして売り出さないあたり、特に続編もメディアミックスもなく完結すると考えられます。著者の作品が好きで、かつ文庫化されたものなどで多少安価に読まないと後悔を覚える1冊だと思います。

 

いいからしばらく黙ってろ!

いいからしばらく黙ってろ!