AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』書評感想

 

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 今回は小説『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』を紹介します。冬野夜空による著作であり、表紙イラストはへちまが担当しています。2020年1月28日にスターツ出版文庫より発売されました。

 

 

あらすじ

「君を、私の専属カメラマンに任命します!」クラスの人気者・香織の一言で、輝彦の穏やかな日常は終わりを告げた。突如始まった撮影生活は、自由奔放な香織に振り回されっぱなし。しかしある時、彼女が明るい笑顔の裏で、重い病と闘っていると知り…。「僕は、本当の君を撮りたい」輝彦はある決意を胸に、香織を撮り続ける――。苦しくて、切なくて、でも人生で一番輝いていた2カ月間。2人の想いが胸を締め付ける、究極の純愛ストーリー!

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ポイント

  • 王道ストーリー
  • カメラ描写
  • 一瞬と永遠

王道ストーリー

 高校2年生の普通な男子生徒・輝彦が、ある出来事をきっかけにクラスの人気者である香織から専属カメラマンに任命され、交流を深めてゆくと同時に彼女の病気を知り、儚くも青春を生き抜いてゆく、といった青春恋愛物語のひな形をなぞっています。その瑞々しいテーマに対して、エモーショナルなタイトルと表紙、そしてテンポのよい文章運びに相乗効果が発揮されていて広い読者に深く刺さりやすい内容になっています。

 

カメラ描写

 語り部の輝彦はカメラが好きで、香織の写真をひたすら撮ってゆきます。そして彼らの会話や描写もカメラのように焦点がはっきりしており、とても読みやすく仕上がっています。

 彼女が手を振っているのは背を向けていてもわかったけれど、僕は躊躇いなく屋上のドアへと向かっていく。しかし、そのドアを開けたとき、タイミングを見計らったかのように彼女が口を開いた。それは僕に声をかけるというよりも、一方的に言い放つようだった。

「今日は真面目に撮影会をしようかと思います」
「……明日は雪が降りそうだ。ちゃんと防寒するようにね」
「夏に雪は降らないよ! 私が真面目なこと言ったからってそんなに驚くことないじゃん」
「なら、そう思われないような言動を心がけることだね」

 必ず前文の内容をすべて読み解いてから次の話に移る、という構造になっていて、小説を読み慣れていなくてもとても分かりやすく、文脈を理解しやすいです。そして趣味のカメラやテーマの青春とも相性がよく、ストーリーの暗い部分に差しかかっても文章のリズムが衰えません。

 

一瞬と永遠

 本作は夏休みのアバンチュールであり、その最後には永遠の別れが手招きしています。そういった結末はかなり前から予想できるように感じますが、物語の終盤になって急に死を思い至る状況になっています。
 会話や写真によって一瞬を切り取り、それを振り返って感動を保存することには長けていますが、病気の進行や2人の関係性の変化など、途中のじわじわと進んでいく雰囲気に関してはやや蔑ろにされている印象を覚えます。

 

オチ(結末・ネタバレ)

 香織の寿命は残りわずかとなり、輝彦は彼女の遺影を撮ることにする。彼は彼女との時間の中で、受動的な人間から変わっていった。
 しかし香織は輝彦との再会を果たせず死んでしまった。彼らは互いの好意や死を受け入れつつ、輝彦は新たなスタートを始める。

 

終わりに

 話の輪郭が近しい内容といえば、住野よるの小説『君の膵臓をたべたい』や新川直司の漫画『四月は君の嘘』、三田誠広の小説『いちご同盟』が挙がります。著者としてもそれらの先行作品をとても意識している様子であり、徹底して差別化を図りつつ余白を埋め尽くしているのが『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』です。類似のものが未読であればシンプルに感動できる、比較して読むならば賛否両論のような気がします。
 言及しておきたいのが、香織の病気の詳細です。「簡単に言うと血液の病気」、「骨髄の移植が必要」、「なぜだか血がずっと止まらなくなった」とあるのでで、白血病や血友病の類いだと考えられます。(村上春樹の小説『海辺のカフカ』に登場する司書・大島が血友病患者に思いつく。)作中で病名は公開されず「死ぬ」という結果のみが明示されているので、そうなるまでの迫真性がどうしても薄れてしまっているのが惜しい部分です。加えて輝彦のカメラについても「父の死後にそのカメラを継いだ」と説明があっただけであり、彼自身の父やカメラに対する考えの深化が浅くなってしまっています。どうやらカメラはスマートフォンカメラやデジタルカメラではなく一眼レフカメラのようですが、機種は何でどういった特徴をもっているのかも省かれています。たしかにそれらが描かれていたとしても専門的な内容になっていたと思われるので、完全には理解できないかもしれません。ただそれから副次的に発生する個々人の感情もカットされてしまっており、暗い側面から目を背けた結果、明度も下がってしまったのが残念です。
(やや批評的な立ち位置が強くなってしまったが、)『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』は純粋な動感を味わうもよし、遠近感のズレの補正を著者の次作に期待するもよしという、コストパフォーマンスに優れた小説です。

 

 

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