AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『逆ソクラテス』書評感想

 

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 今回は小説『逆ソクラテス』を紹介します。伊坂幸太郎による著作であり、2020年4月24日に集英社から発売されました。

 

 

あらすじ

敵は、先入観。世界をひっくり返せ!
伊坂幸太郎史上、最高の読後感。デビュー20年目の真っ向勝負! 無上の短編5編(書き下ろし3編を含む)を収録。

www.shueisha.co.jp

 2000年に『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞してデビューし、2008年に『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞と第21回山本周五郎賞受賞など、多数の受賞歴と著作を誇る小説家・伊坂幸太郎。
『逆ソクラテス』は現代を舞台、子供と先入観をテーマとして、様々な問題に立ち向かってゆくミステリ短編小説集です。表題作『逆ソクラテス』は2012年の集英社文庫『あの日、君とBoys』収録、『スロウではない』は2015年8月号「オール讀物」が初出であり、『非オプティマス』、『アンスポーツマンライク』、『逆ワシントン』の3編は書き下ろしです。

 代表して『逆ソクラテス』を紹介します。
 語り部であり小学校6年生の加賀は、転校生の安斎といつの間にか仲良くなっていました。しかし安斎は、クラスメイトの草壁を小馬鹿にする久留米先生に不満を持っていました。そこで「ただ、俺は、そうは思わない」と言い放ち、久留米先生の先入観を崩す計画を立て始めます。

 はじめは算数のテストのカンニングで草壁に高い点数を取らせてみたものの、未だ態度を変えない久留米先生に対して、デッサンコンテストで草壁の絵を画家のものと入れ替え、先生の認識を改めさせようとします。しかし美術館で絵の入れ替えの際に問題があることに気付き、絵画作戦はそこで頓挫してしまいます。

 そこで今度は「噂作戦」を思いつくのが安斎でした。優等生の佐久間が放課後に不審者と遭遇し、そこに草壁が助けに割って入った、という噂を流し、「草壁を見直す引っ掛かり」を作ります。そこにさらにプロ野球選手の学校訪問が組まれることになり、安斎と加賀は野球選手に草壁を褒めるよう頼み込むが、という流れです。

『逆ソクラテス』、まとめです。短めな物語ながら、テンポよく状況が二転三転するミステリドラマが繰り広げられます。また誰も命の危機的状況には陥らない平和的日常の中で、子供の純粋でありつつ鋭い視点を通して、含蓄のあるテーマが面白おかしく描かれます。

 

各話評価

(100点満点、0~59:不可、60~69:可、70~79:良、80~89:優、90~100:秀)

逆ソクラテス 95点
スロウではない 65点
非オプティマス 75点
アンスポーツマンライク 60点
逆ワシントン 65点

 

感想(結末解説・ネタバレあり)

  • 逆ソクラテス(95点)

 久留米先生が認識を改めたかどうかは定かではないが、プロ野球選手は草壁を褒め、その事に感謝していたことを回想する加賀。安斎は小学校を卒業した際に転校し、以降は音信不通だが、彼の「ただ、俺は、そうは思わない」は自然と浸透している様子である。

 たまげました。
 小学生という設定ながら語彙を補いつつ、幼稚でも青臭くも小難しくもなく、絶妙に面白いラインで「先入観をひっくり返す」というテーマと会話劇を進めています。単純な勧善懲悪ではなく、あくまで「将来的に佐久間先生が見下す生徒を救う」という遅効性の高いミステリであるにも関わらず、次々と場面が切り替わっては最後には爽快感が得られる展開に脱帽しました。
 最終盤の締め方は微妙に感じましたが、短編単独でみればかなりの完成度だと思います。初出は2012年であり作中にスマートフォンなどは登場しないので、21世紀生まれの人が読むと時代環境の違いによりちょっと違和感を覚えるかもしれませんが、もう少し上の世代ならクリーンヒットするはずです。

  • スロウではない(65点)

 じつは俊足にも関わらず、足が遅いふりをしていた転校生の高城かれん。運動会の後、高城が付けていたアクセサリの中身を見たいじめっ子の渋谷は、それが渋谷自身の写真であることに驚き、そして高城自身もいじめっ子だったことを明かす。
 時は流れ、悠太と村田は結婚し、その写真の中に高城も楽しげな様子で写っていた。ただ、その輪の中に語り部の司は入れないことを実感し、涙を流す。

 題材の『ゴッドファーザー』を自分は知らないのですが、知らなくても会話のテンポがよくて、かつ子供たちがマフィア映画の真似事をするのを愛おしく思います。
 個人的には登場人物や場面転換が多すぎてついて行けず、後半の展開もかなり急な印象で、小説として面白いかどうか以前に”?”で頭がいっぱいでした。
 ただ、幼い頃は運動の良し悪しがそのままクラスの立ち位置に直結してた、という懐かしさを思い起こさせてくれると同時に、テーマとしてやりたいことはしっかり描けていると感じました。

  • 非オプティマス(75点)

 授業参観の日、悪童の騎士人たちはペンケースを落として授業を妨害するが、久保先生はそこで「生きてゆく上で評判が大切だ」と説き、授業を終える。その後、安そうな福を着る福生は騎士人に授業の妨害を注意する。そしてその場に彼らの両親が居合わせるが、福生の母親は騎士人の父親のクライアントだった。そこで騎士人は場を取り繕うよう頼む込む。

 作中に登場する『トランスフォーマー』や「オプティマス」を知っていたので楽しく読めましたが、たぶん分からなくても会話のテンポがいいので、それなりの面白さは担保されているはずです。授業参観での久保先生の演説は感動的かもしれませんが、個人的には説教臭くて長ったらしく思えたので、この場面については微妙な評価です。

  • アンスポーツマンライク(60点)

 小学校のミニバスケットボールクラブ時代の友人が集まる中、突如として拳銃を持った不審者が侵入する。しかし過去の苦い経験をバネにして、歩はパスを出し、不審者を撃退する。事件後にユーチューバーの駿介はプロ選手にチャレンジすることを明かし、犯人に足を引っ掛けたことを”アンスポーツマンライク”だったと詫びる。

 スポーツ青春小説を狙いすぎな感じが拭えません。
 著者は過去にも野球やサッカーなどスポーツの描き方が丁寧で、バスケットボールの経験がない自分にもその興奮が伝わってくるような描写は見事でした。一方で、語り部の歩が”一歩踏み出す”展開に爽やかさはあるものの、ミステリやドラマの構成として分かり易すぎると思います。加えて、場面時間(小学生・高校生・成人時代)の前後についてゆくのがやや辛かったです。

  • 逆ワシントン(65点)

 <教授>の協力もあり小型ドローンを手に入れた謙介と倫彦は、それを使って虐待の疑いがある靖の部屋を覗くものの、虐待はまったくの勘違いだと分かる。その帰り、飛ばしていたドローンが落下してしまう。正直に謝ったが、相手の男が怒るのを止めなかったところ、謙介の母親が駆けつけて事なきを得る。後日、家電量販店にて謙介と母親がテレビを買いにきたところ、バスケットボールの試合が映っており、店員が泣き出したところを母親が慰める。

 オチで泣いた店員は『アンスポーツマンライク』の襲撃者ですよね? 映っていたバスケの試合に当編の駿介が代表選手として選ばれていて、それを見た店員のリスタートも報われた、という内容なのですが、初読では気づけず、何ページか読み戻してようやく理解できました。なので個人的にこの短編の評価はややマイナスになってしまいました。中盤の毛筆教室での謙介の母親の演説も、正直いって面倒くさかったです。ゲームセンターの「太田」店員は誰だったのでしょうか? <教授>の下りは面白かったです。

 

終わりに

『残り全部バケーション』や『アイネクライネハナトムジーク』といった連作短編とは異なり、基本的にどの短編から読んでも単独で完結するのが『逆ソクラテス』です。ただ「語り部が小学生」と「先入観をひっくり返す」という共通項はあり、数えるほどの人物が複数の短編に登場していることから、”連作風”短編といえなくもないです。作風は、著者の初期からある勧善懲悪さを踏まえつつ、中期のファンタジー感は鳴りを潜め、磨きのかかった日常ミステリを極めています。小学生が大人っぽい道徳観を語ることで、一聞すると世慣れない事柄も、それっぽい説得力で響いてくるのが見事です。小学校はだれでも卒業するものですから、その自らの経験と『逆ソクラテス』を照らし合わせることでメタ視点的に読みやすいのも本書の魅力だと考えます。かといって、語られている内容はまったく幼稚ではなくて、複雑な現代社会にわずかながらも救いがあるような、ちょっとしたハッピーエンドがあるのもいいポイントだと思います。ただ全体的には大騒ぎするほど面白くはなく、良書のレベルに収まる『逆ソクラテス』でした。

 

逆ソクラテス

逆ソクラテス