AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『俺の残機を投下します』書評感想

 

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 今回は小説『俺の残機を投下します』を紹介します。山田悠介による著作であり、2020年7月14日に河出書房新社から発売されました。

 

 

あらすじ

家族を捨てて、世界一のプロゲーマーを目指す一輝。それでも最近は成績が振るわず、徐々に心も荒んでいく。
そんなとき、悩める一輝の前に謎の三人組が現れた。当初、不審に思い避けていた一輝だったが、彼らの命を賭けた切実な想いが、少しずつ一輝の凍った心を溶かしていく。
元妻の結衣や一人息子の晴輝との絆を取り戻し、eスポーツワールドカップ・格ゲー部門で奇跡の快進撃を見せるのだが……そこに待ち受けていた最大の危機。はたして一輝は愛する人たちを守ることができるのか? そして最後に選んだ一輝の答えとは?

www.kawade.co.jp

 

ポイント

  • eスポーツ
  • 主人公・一輝
  • 残機

 

eスポーツ

 本作は2030年頃の日本を舞台としています。そこではゲームが競技としてオリンピックやワールドカップとして根付いており、プロゲーマーや所属事務所が多数存在しています。中でも「ホログラス」という3D技術を駆使した格闘ゲーム『トランス・ファイターⅫ』が人気を博しており、ゲームを通じた人々の熱気とドラマが描かれます。

 

主人公・一輝

 語り部である一輝はゲーマー名(プレイヤーネーム)を「イッキ」として、高校生の頃から格闘ゲーマーとしての頭角を現して国内外で華やかな戦績を遂げたことがあるプロゲーマーなものの、30歳となった今では目立った結果を残せておらず、元妻と息子への仕送りも滞り、元来の攻撃的な性格から現状を受け入れられない日々が続いていました。しかしとあるきっかけにより、一輝の人間的な成長、あるいはイッキのプロゲーマーとしての復活の物語が始まってゆきます。

 

残機

 物語の冒頭でゲーム大会に敗れた後、一輝自身と同じ顔をした”残機”と出会います。話を聞くと、どうやら一輝が”本体”であり、彼の命に危機的状況が起こると残機が消える、とのことです。それでも一輝は残機を都合よく使い、自己本位な尊大な態度を改めることはありません。しかし次第に残機が消えてゆく事件が起こり、また彼らの様子を見て一輝本人も人生を見つめ直し始めます。

 

結末(ネタバレ・オチ)

 家族や格闘ゲームに誠実に向き合いはじめた一輝はワールドカップ決勝戦まで上り詰めるが、そこで彼の息子が誘拐されてしまう。ゲームか家族かの選択を迫られるが、そこで一輝は迷わず息子の元に駆けつけて救い出す。
 事件が一段落後、一輝はアメリカで第二のゲーマー人生を歩もうとし、空港で妻に別れを告げる。しかしそこで妻と同じ顔の女性が去って行くのを目撃し、今までの彼女の行動はすべて残機によるものではなかったのかと疑い始める。

 

終わりに

 やや寓話的意味合いが強い内容に感じました。
 ただeスポーツやプロゲーマーを題材とした家族小説やヒューマンドラマとしてではなく、あるいは派手さや面白さを追求したエンタメ小説でもなく、ドッペルゲンガーのような存在を入れ込むことで物語を回帰化し、ある種のシミュレーションを行っているような展開でした。
 疑問が残ったのは、「なぜ一輝は”本体”であったのか?」というところです。結局は運命的なものであり、また彼の息子も”本体”であり、物語の展開として無条件的な保護を受けているため、感動に深みが生まれにくくなってしまっています。また”残機”が複数人も居ることから舞台社会としての一般性まで生じてきてしまい、設定の説明不足な印象もあります。
 もちろんゲームが中心的な題材ではありますが、それが主に語られるのは本書の中身の半分程度であり、残りは家族との関係性に充てられています。ゲームに関する部分では、ゲーム業界の歴史と発展から始まり、格闘ゲームの動きの基本、そして作中の格闘ゲーム『トランス・ファイターⅫ』の魅力についても語られます。ただ格闘ゲームに関しては、実在のゲームを読者が1度でも遊ぶあるいは見る機会がないと、十全には読み解けない内容である印象です。
 また物語の中でカイザーという、一輝選手と対戦しては負ける人物が登場しますが、彼に様々な役割を押しつけ過ぎている部分がありました。カイザーは一輝がもし真っ当でなかったら取っていたかもしれない可能性の行動(暴力/反則/犯罪行為)をしますが、カイザー本人が雑に描かれており、ストーリーの展開における無理な部分を押し通す結果となってしまっています。
 また格闘ゲームが数多くあるゲームジャンルの中で主人公がのめり込んでおり、その理由や熱意は理解できますが、それゆえそのゲームにまつわる諸問題に深く踏み込めていないのが惜しいところです。例えばゲームタイトルは数年おきに新作が作られ、その度にルールやシステムが変更されるため競技性や選手生命が損なわれる点、操作キャラクターに相性がありその調整に不均衡が含まれる点、「hitbox」をはじめとする次世代型コントローラーの対応やチート・ハッカー対策への考えが欠けている点です。ただこういった格闘ゲームの深い部分に焦点を当ててしまうと、理解できる読者層も少なくなってしまうので、あくまでeスポーツというゲーム業界に広く範囲を保った点は評価できる部分もあります。
 惜しい部分もありますが、eスポーツの魅力をわかりやすく伝えてくれる良質なフィクションである『俺の残機を投下します』です。

 

俺の残機を投下します

俺の残機を投下します

  • 作者:山田悠介
  • 発売日: 2020/07/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)