今回は小説『トラペジウム』を紹介します。髙山一実による著作であり、2018年11月28日に単行本が、2020年4月24日に文庫本がKADOKAWAより発売されました。
あらすじ
高校1年生の東ゆうは「絶対にアイドルになる」ため、己に4箇条を課して高校生活を送るが――。現役トップアイドルが、アイドルを目指すある女の子の10年間を描いた感動の青春小説! 著者が親友たちへの想いを綴った「あとがき」に加え、雑誌連載時のカラーイラスト全18点を特別収録。
ポイント
- 青春小説
- アイドルプロデュース
- シンジの写真
青春小説
海沿いの田舎町を舞台として幕が上がる本書は、語り部である高校1年生の東ゆうがアイドルを目指す青春小説です。彼女自身、海外で過ごした時期やアイドルのオーディションに全部落ちた過去に対してコンプレックスを抱いていますが、それをより前進するエネルギーに変換してアイドルを夢見てゆく若さ溢れる小説です。
アイドルプロデュース
東は彼女単身でアイドルになりたいのではなく、周りの四方角の高校から可愛い子をスカウトしてアイドルグループとしてデビューしたい気持ちを秘めています。そしてメンバーのそれぞれと交流を図っては協力し、時には衝突する場面が描かれます。それは「他人を輝かせたい」という東の持つアイドル論やプロデュースの考えによって裏打ちされています。
シンジの写真
シンジは作中で最も登場頻度の高い男子高校生です。趣味のカメラをぶら下げて東たちのグループの写真を撮ってゆきます。一方で、東たちの過ごす時間の経過は目まぐるしく、また様々なすれ違いから結果的にアイドルにはなれず、楽曲も写真集も出せずに解散してしまいます。やがて時が流れ、残ったものはシンジくんがかつて収めた文化祭での集合写真でした。ある意味でファンの役割を果たしており、アイドルの裏でファンにもドラマがあることを象徴している場面だと考えられます。
ネタバレ(結末・オチ)
活動の成果によりあと一歩でCDデビューのところまでゆくが、そこでメンバー同士での軋轢が生じ、アイドルの称号は手からすり抜けてゆく。
後に東はトップアイドルとなり、久々に高校時代のメンバーと再開する。場所はシンジの写真展であり、そこに飾られていたのは文化祭ので撮影した『トラペジウム』だった。
終わりに
個性はありますが、不足している部分も多いです。
まず語り部の東が「なぜアイドルになりたいのか?」「なぜアイドルを集めるのか?」という動機が明かされるのが遅いです。最初は東本人に魅力があるのかどうかも分からないですし、目的が不明のまま女子高生の交流が描かれるのは、微笑ましいというよりは不気味さが残ります。またメンバーとなる蘭子、くるみ、美嘉との仲がどれだけの親密さなのか、彼女らの内心を確認するシーンがほとんどないので共感しにくい印象がありました。最初に東の子供の頃のエピソードから始まり、各メンバーを集める場面も倍以上の内容が必要なように感じます。
東西南北のメンバーが集まってからも、ボランティア活動に精を出して、分かりやすいアイドル活動を描かない点にも疑問が残りました。確かに売り出し方や注目の集め方も大切ですが、同時にアイドルの本質としての他者を惹き付け感動させる能力を伸ばそうとする努力が感じ取れませんでした。せっかく文化祭のシーンを挟むなら、そこでライブシーンがあってもよかったと思います。
「アイドルを目指すある女の子の10年間を描いた」とあらすじにありますが、実際に描かれているのは高校生活のごく一部と8年後のエピローグのみです。そしてそこで東は国民的アイドルグループのリーダーになっていますが、あまりにも伏せられた期間が長すぎて物語を消化しづらいです。2部構成にして、実際にアイドルになって競争してゆくシーンもほしかったように思います。
文庫版には『著者が親友たちへの想いを綴った「あとがき」』が加えられていますが、正直にいって身内にのみ伝わる内容であり、広い読者を想定して書かれていないのも残念でした。雑誌連載時のカラーイラスト全18点も特別収録されていますが、本の冒頭にまとめて載せるのではなく、ライトノベルのようにイラストが対応する各シーンに挟み込む形を取った方が効果的だったように思います。
「現役アイドルが綴ったアイドル小説」という唯一無二なものはありますが、他のよさを探すとかえって粗さが目立ってしまうのが『トラペジウム』です。
- 作者:高山 一実
- 発売日: 2020/04/24
- メディア: 文庫