今回はエッセイ『すべて名もなき未来』を紹介します。樋口恭介による著作であり、2020年5月27日に晶文社から発売されました。
あらすじ
新世代の作家・批評家の誕生! ありうべき未来をめぐる評論集
令和。二〇一〇年代の終わり、二〇二〇年代の始まり。インターネット・ミームに覆われ、フィリップ・K・ディックが描いた悪夢にも似た、出来の悪いフィクションのように戯画化された現実を生きるわたしたち。だが、本を読むこと、物語を生きることは、未来を創ることと今も同義である。未来は無数にあり、認識可能な選択肢はつねに複数存在する。だからこそ、わたしたちは書物を読み、物語を生き、未来を創造せねばならない。ディストピア/ポストアポカリプス世代の先鋭的SF作家・批評家が、無数の失われた未来の可能性を探索する評論集。社会もまた夢を見る。
題材
Side A 【未来】
- 若林恵『さよなら未来』
- マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』
- 木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド』
- ケヴィン・ケリー『テクニウム』
- 鈴木健『なめらかな社会とその敵』
- ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの』
- マックス・テグマーク『数学的な宇宙』
Side B 【物語】
- テッド・チャン『息吹』
- イアン・マキューアン『贖罪』
- 佐川恭一『受賞第一作』
- 阿部和重『Orga(ni)sm』
- 筒井康隆『虚航船団』
- 新庄耕『地面師たち』
- ミシェル・ウエルベック『セロトニン』
- 神林長平『先をゆくもの達』
感想
読み物としては面白いですが、まとまりが悪く、評論集としてはイマイチです。
まず音楽・宇宙・文学・経済・言語・生物・虚構・数学・哲学といった様々な視点から、横断的あるいは追求的に未来について論じる試みが、エキセントリックでありながらも興味深く描かれています。その過程において、各要素の説明が丁寧に添えられており、教養的で良質な思考体験が詰まっています。
一方で、未来に対しては明確な結論や方向性といったものが提示されず、読書の前後で明らかに分かったことを挙げるのは難しいです。また、エッセイとしての側面が大きく、それに感動を惹き付ける仕掛けもほとんどないです。また文章そのものが回帰性を帯びているといいますか、マジックリアリズムを用いている雰囲気があり、未来や評論の中心部分をいたずらに読みにくくしている印象を覚えます。
SFファンの中でもかなり上級者に向けて書かれた内容であり、作中に登場するガジェット(監視社会・ドラッグ・ロボット)よりもその構造論に注目して、「未来」を面白おかしくまとめているのが『すべて名もなき未来』です。