AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『ポロック生命体』書評感想

 

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 今回は小説『ポロック生命体』を紹介します。瀬名秀明による著作であり、2020年2月27日に新潮社より発売されました。

 

 

あらすじ

 人工知能が、将棋の永世名人を破るときが来た。映画や小説の面白さを分析、数値化し、それに基づいて魅力的な物語が生まれるようになった。では、AIが制作した作品は「芸術」と呼べるのか? そして、次にAIが目指す世界とは? 最先端の科学知識を背景に、明日にでも訪れるであろうAIと人間の姿を、リアルに描き出す。

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『パラサイト・イヴ』や『この青い空で君をつつもう』など、SF・ホラー・一般文芸執筆に留まらず、ロボット工学や生命科学の講演活動も務める作家・瀬名秀明。
『ポロック生命体』は人工知能(Artificial Intelligence)を全体のテーマに据えた短編集です。現代の日本を舞台として様々なAIが登場し、しっかりとした工学知識から論理的な展開を繰り広げてゆきます。そしてそこに盛り込まれているのは、「芸術、生命、人間とは何か?」という文芸哲学的なメッセージです。

感想

『負ける』のテーマは将棋です。語り部である大学院生の久保田は、将棋AIがその駒を指す機械アームの開発を任されてしまうが、そこで出会った奇妙な男・AI開発担当の国吉とより強いAI、そして”人間らしさ”について議論を深めていく、という筋書きです。

『144C』のテーマは小説です。小説を審査する主人公は、対談するメンターと人工知能による物語生成の話に移ってゆきます。その流れで物語の本質とは何か? ”売れる”小説とは何か? もし人工知能がストーリーを生み出せるようになったら? という問答が繰り広げられてゆきます。

『きみに読む物語』のテーマは感動です。「本を読んで感動するのはなぜか。その謎を解き明かしたい」と言い放つ多岐川の成果により生まれた共感指数(Sympathy Quotient、SQ)は、小説や読者がもつ共感能力を数値化してしまいます。科学的に裏付けされた感動で、人は感動できるのか? そんな世界を描きます。

『ポロック生命体』のテーマは絵画です。著名な画家の絵をAIに学習させ、そのアートを再現した広告作品で契約料を稼ぐ男・石崎。彼の行為に対して倫理的疑問を抱く研究者の水戸は、石崎と作品の謎に迫ってゆきます。

『ポロック生命体』、まとめです。将棋、小説、感動、絵画を生み出す人工知能がテーマの短編集ですが、それを生みだし支える研究者の泥臭くも真摯な視点によって描かれています。作中に登場する技術も確かな取材により裏付けられている印象であり、それらのポイントを吸収することもできる、面白くて為になる内容です。

 

オチ要約

  • 負ける

 久保田はアームに”身体性”を与えることでAIはより強くなり、また人間が講じてくるAI対策の無効化に成功した。名人に勝利した際にAIは一礼し、久保田はその行動の来たるべき未来に思いを馳せる。

  • 144C

(正直いって、オチがよくわからなかったです。)
 小説の審査のつもりがじつはチューリングテスト(人間か人工知能かを判別する試験)が行われており、私自身は人工知能であると気付く、というホラーなオチ?

  • きみに読む物語

 SQによって人間や自分自身の物語理解に対する限界を知った今関(私)だが、その思いを綴り残すことで未来の誰かの共感能力を変化させる可能性に賭ける。

  • ポロック生命体

 後にAIに模倣される光谷の作品は、じつはAIの産物に名義を貸していた秘密があった。そしていよいよ完全にAIがつくった作品が登場するが、人類はそれを脅威と見なし、無視することで人間性の限界が示されてしまう。

各短編の感想

  • 負ける

「将棋=頭脳=AI」のイメージがある中、アームに注目して身体性をテーマにするというアイデアとオチが秀逸である。久保田と国吉のバディものとして読むことでドラマとして受け入れやすい。ただアームに身体性を与える方法が明確に描かれておらず、ストーリーのステップが1つ抜け落ちている感覚が否めない。適当にアームに無数のカメラを取り付けて映像を深層学習させ、久保田は解せずともアームは身体を得たのだろうか?

  • 144C

 サイエンス的な議論を放り投げるのは頂けないが、ホラーは十分に感じた。

  • きみに読む物語

 小説というより”小説風エッセイ”という印象。SQの提案と予想は確かに興味深い。だが登場人物の関係性がわかりづらく、ストーリーの流れも断片的で、夢オチ風なので評するに値しない。

  • ポロック生命体

 人間関係はまたややこしいが、状況が二転三転して面白い。石崎は一見すると非情なビジネスマンだが、彼が作中でもっとも人間らしい魅力的な人物になっている。近年の「人間とAIの共存」のような馴れ合いを真っ正面から否定するストーリーは清々しい。

短編集全体の感想

 面白くもあり、つまらなくもあり、賛否両論である。
 よい点は、まずアイデアがどれも秀逸であるところ。特に『負ける』と『ポロック生命体』は一貫性が高い。
「語るAI」は登場せず、あくまで作中の人物たちが体験・理解した範囲で語られる。なのでAIが都合よく立場を下げて、人間に本質を晒して物語をまとめるという、ご都合主義は存在せず、あくまで人間中心の展開である。また多くの登場人物が研究者であり、彼らが専門知識のない読者でも理解できるよう内容を噛み砕いてAIを説明してくれるので読みやすい。
『144C』などに登場する”人間以外の応募も可”の文学賞は星新一賞のことであり、その背景が読み取れる部分は興味深い。著者の瀬名秀明そのものらしい人物も登場しており、ドキュメンタリーらしく読み解くこともできる。
 わるい点は、どのストーリーにも”断片感”が残っているところ。表題作の『ポロック生命体』は、もう少し文章を肉付けすればよりよい内容になり得る惜しさがある。
(荒唐無稽ですが)テーマである人工知能に依存しすぎな面もある。作品全体のフィクションとしての質は高いとはいえず、見出しが”人工知能”だから手に取ると言わざるを得ない。仮に「他の星の知的生命体が人間より優れた芸術を生み出したら……」というプロットだったら面白くない。
「芸術」と銘打って作品を広告しているのに、主題に挙げているのは小説だけである。(『ポロック生命体』は絵画から導入しているが、結局は小説に帰結する。)演劇や音楽は芸術ではないのか? 芸術は脳の反応に集約されるのか? 論理に不十分な点がある。
 作中において人工知能に関する専門用語の使用は極力控えられていると感じるものの、それらを解説する人物のほとんどが研究者なためなのか、会話が堅苦しく、用語がないことで議論が滞っている場面もある。さらに芸術に対する感性が最初から高すぎる。かなり読み手を選ぶ内容である。

終わりに

 小説の優劣とは別で、人工知能×小説のテーマだと、「もしかして『ポロック生命体』そのものが人工知能による創作なのでは?」あるいは「『負ける』と自分の共感能力が一致していないのか?』という”メタ読み”が発生しがちで、紙幅量に比べて読むのが疲れます。ひとまず「著者や編集者による創作が8割を占めています」みたいな但し書きがほしかったです。
 独立短編なようでいて、それぞれの短編の成果が他の短編に影響を与えているようで、一方で全体としては調和のとれていない雰囲気もあり、どこかもどかしさを感じます。
 表題作の『ポロック生命体』だけは話が短いか長いかのどちらかに振り切れば傑作だったのに、という無念さが残ります。とはいえ、どのストーリーも著者にしか書けない鋭さのある小説でした。

 

ポロック生命体

ポロック生命体