AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』書評感想

 

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 今回は『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』を紹介します。イシグロキョウヘイによる著作であり、2020年4月24日に角川文庫から発売されました。

 

 

あらすじ

俳句×音楽×恋―。少年と少女のひと夏の青春が走り出す――。
イシグロキョウヘイ監督自らが書き下ろしたノベライズが登場! ノベライズでは映画にはなかったシーンも新たに追加収録!
17回目の夏、地方都市。コミュニケーションが苦手で、人から話しかけられないよう、いつもヘッドホンを着用している少年・チェリー。彼は口に出せない気持ちを趣味の俳句に乗せていた。
矯正中の大きな前歯を隠すため、いつもマスクをしている少女・スマイル。人気動画主の彼女は、“カワイイ”を見つけては動画を配信していた。
俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、ショッピングモールで出会い、やがてSNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく。
――最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がる!

www.kadokawa.co.jp

 2014年にテレビアニメ『四月は君の嘘』にて初監督を務め、他に『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-』や『クジラの子らは砂上に歌う』の監督も行ったアニメーション監督・イシグロキョウヘイ。
『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』は監督自身による書き下ろしノベライズです。その初の小説では現代の地方都市を舞台に、内気な男子高校生といつもマスクをかけているアイドルとのひと夏の出会いを描きます。

 17歳の男子高校生・チェリーは、趣味の俳句を短文投稿サイトで披露しつつ、近所のショッピングモールにデイサービスのバイトへ出向いていました。そんな折、女子高生であり人気ストリーマー・スマイルとぶつかってしまい、彼女のマスクの下の秘密を知ってしまいます。

 ぶつかった際に互いのスマートフォンまで入れ替えてしまったチェリーとスマイル。再会の時、チェリーの俳句と声に”カワイイ”を見出したスマイルは、徐々に親交を深めてゆきます。

 一方、バイト先で出会った老人のフジヤマは、失くしてしまった思い出のレコードを探し回っていました。それをなんとかしたい想いに駆られたチェリーとスマイルは、レコード探しに奔走し、ついにレコードを見つけますが、という流れです。

『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』、まとめです。俳句・ライブ・レコード・SNSと、古今ごちゃ混ぜの要素を背景として等身大のボーイ・ミーツ・ガールが描かれます。古いものも新しいものも適時説明が加えられており、内容が分かりやすく整理されています。ラストはこの上なくエモーショナルな雰囲気になっていて、とても読後感がよいです。

 

オチ(結末)

 探していたフジヤマさんのレコードを見つけるが、スマイルが誤ってそのレコードを割ってしまう。消沈するスマイルをどうすることもできず、引っ越しを進めるチェリーだったが、そんな時、ショッピングモールにある時計がもう1枚のレコードであることに気付き、だるま祭りの音楽とスマイルのライブストリーミングに乗せてチェリーに届ける。チェリーも急遽お祭り会場に向かい、そこで俳句を詠みながらスマイルへ告白する。

 

感想(ネタバレあり)

 ラストの盛り上がりは見事だけれど、そこしか読みどころがなかったです。

 まずチェリーとスマイルのコミュニティが狭すぎます。
 2人とも17歳のようですが、ならばもう少し遠出したり、外の世界に手を伸ばしてもいい年齢だと思います。チェリーはいくら口に出せないといっても、そのひと夏を俳句とショッピングモールで完結させるのは、さすがに無理がありすぎる気がします。スマイルはライブストリーマーですが、結構な承認欲求を持っていて、それゆえにもう少し行動範囲を広げそうな予感もありますが、そうしません。2人のやっていることが中学生レベルなことにどうも納得できませんでした。

 小説の文章力として、チェリーが語り部の部分に関しては普通レベルです。物語展開の説明責任をしっかり遂行していて、俳句をやっていることから言語力は高いということなのか、それなりに読める文章になっています。一方、スマイルの方はかなり苦しいです。確かにキャラクターの性格からして語彙力が低そうではありますが、だからといって文章能力が低くてもいい理由にはなっていないです。むしろスマイルも表現力に富んでいて、いろんな物事を言葉にパッケージするのに長けている様子なのですが、アイドルっぽくやや乏しい文章になっているところに認識の相違を感じました。

  • 参考 チェリー(前文)とスマイル(後文)の文章比較

団地を抜けると、地方都市特有のデカい幹線道路が住宅街を貫くように延びている。道路をさらに進むと視界が開けてだだっ広い田んぼが現れる。日陰が無くてアスファルトの熱がそのまま跳ね返ってくる歩道を歩いていた僕は、いつものように田んぼの 方へと進んでいった。

1階のサザンコートにくると、だるまばっか! エスカレーターの横あたりに広場が あって、ブッサンテン……だっけ? いろんな場所の名産をあつめて売ってるけど、今日はだるまの即売会みたい。小田市の名産だね。私の地元! おだ丸もぱっと見だるまだし。

 

  ラストのチェリーが告白しにスマイルの元へ駆けるシーンは感動的なのですが、それを演出するための中盤のたるみ具合がどうしようもなくきつかったです。そもそもレコードを探し回るフジヤマさんにキャラクターとしての魅力をあまり覚えないですし、彼が何度も徘徊して時には外まで飛び出すのはかなり大きな問題であるし、一方、彼のレコードを探すことがチェリーとスマイルにとって”遊び”のように感じる部分もあり、詰まるところストーリーの動線が乱れていた印象です。あとはチェリーの友人のビーバーやジャパンのキャラクター設定が割と練られているにも関わらず、それほどストーリーに絡んでこないのが拍子抜けでした。

 散々に文句を書いてきましたが、終盤部分のレコードを探すところについては、小説の方がよく整理されていて分かりやすくなっているのではと考えます。あとはおそらく映画では口数少ないチェリーの内面がしっかり描かれていますし、彼の俳句もやはり文章で読むとより一層の趣があります。ゆえにクライマックスに向かってゆくところは、アニメーションや音楽や演出はなくても物語の深い理解度から感動に辿り着けるようになっています。

 

終わりに

 小説版の発売日(2020.4.24)に映画は公開されておらず、またその公開も延期になったようですが(2020.5.15から未定)、小説だけだと不満足な感覚があり、やはり小説は映画の補足的な立ち位置に落ち着くと考えます。


映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』予告映像

 映画の予告映像を見ると、チェリーを演じる市川染五郎の演技はお世辞にも上手いとはいえず、アニメ映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の島田典道を演じる菅田将暉を彷彿とさせますが、チェリーの人見知りな雰囲気にはかなり合っている印象です。スマイルを演じる杉咲花の演技は、アイドルストリーマーらしいカワイさからはやや離れていますが、他は総じて小説から受けるスマイルのイメージに近いです。
 ストーリーの大枠としてかなりアニメーション的表現に比重を置いた構成になっているので、まずは公開された映画を観て、その上で気に入ったらノベライズ版やコミック版に手を伸ばすことをオススメします。