“伊坂っぽさ”全開/小説『ガソリン生活』感想
伊坂幸太郎による小説『ガソリン生活』を読み終えまして、その感想をまとめてみます。
伊坂幸太郎
1971年生まれ
千葉県松戸市出身
東北大学法学部卒業
受賞歴
1996年 第13回サントリーミステリー大賞佳作(『悪党たちが目にしみる』、大幅に改訂されて『陽気なギャングが地球を回す』として祥伝社から出版)
2000年 第5回新潮ミステリー倶楽部賞(『オーデュボンの祈り』)
2004年 第25回吉川英治文学新人賞(『アヒルと鴨のコインロッカー』)
2004年 第57回日本推理作家協会賞 短編部門(『死神の精度』)
2008年 第21回山本周五郎賞、第5回本屋大賞(『ゴールデンスランバー』)
(「Kotaro Isaka Official Site」より引用)
ガソリン生活
聡明な弟・亨とのんきな兄・良男のでこぼこ兄弟がドライブ中に乗せたある女優が、翌日急死! 一家はさらなる謎に巻き込まれ…!? 車同士が楽しくおしゃべりする唯一無二の世界で繰り広げられる仲良し家族の冒険譚! 愛すべきオフビート長編ミステリー。
(朝日新聞出版より引用)
『ラッシュライフ』・『グラスホッパー』・『ゴールデンスランバー』からはじまり、日常系ミステリーの大家になりつつある同作家の文庫本最新作です。今回の語り部、車のデミオの周りでは、さまざまな謎が生まれては回収されてゆきます。
前置きとして、自分は伊坂氏の著作はほぼ全て読んできました(『アヒルと鴨のコインロッカー』が今でも1番好きです)。『ガソリン生活』の語り手が車(人外)という点では『死神の精度』と被り、本書のテーマ・家族愛という点では『重力ピエロ』や『オー! ファーザー』が挙げられます。反対に、(“スッキリ感動系”と評していいでしょうか?)『チルドレン』や『砂漠』とは方向性が違うかなと感じました。『ゴールデンスランバー』や『モダンタイムス』のような社会悪の雰囲気もかなり薄いです。
相変わらず過去の事件からの引用が多く(ダイアナ妃の交通事故死)、偉人の言葉やサブカルからの引用も多く(フランク・ザッパ、ガンダム、『ミニミニ大作戦』[ローバー・ミニ])、キャラクターの魅力が先導してゆき、会話劇が多く、なによりもストーリーが勧善懲悪で説教臭いです。“伊坂っぽさ”全開で、伊坂ワールドが初めての方にも、久々に手に取る人にも、コアなファンにも優しいというわけです。でも「じゃあどの過去作品と似ているの?」と問われると難しいのですが、個人的には『オー! ファーザー』を類似作品に挙げます。
(ちなみに『ガソリン生活』作中でも『オー! ファーザー』や『残り全部バケーション』[検問]らしきエピソードが登場します。いつもの「ハイパーリンク」です)
本書は3部作+α構成(Low、Drive、Parking、エピローグ)であり、DriveとParkingで2段にオチがあるようになっています。個人的にはLowが好みで、DriveとParkingは微妙だと思いました。理由としては、「地に足が着いてる、と言えよ。正確には、タイヤだけどな」とかの自動車ジョークが目新しくて面白かったのと、亨をはじめとする登場人物の切り口が魅力的に映るからです。でも2部・3部ではひたすら1部の伏線回収に努めていて、“風呂敷を畳む作業感”がどうも抜けなかった印象でした。
例えば、Lowで安田夫人がカラス撃退のために帽子を投げるのは物語後半に重要な意味を持たせる「チューホフの銃」らしく、「後でまた帽子を投げては事件をどうこうするんだろうな」という予想が立って萎えました。(でもこれは、普通には綺麗な伏線回収と読み取りますし、もし物語の後半で安田夫人が帽子を投げなかったら「どうして投げなかったんだ!」と展開の理不尽さを呪うでしょうし、なら安田夫人が登場しなかったら、ちょっと寂しい物語になったかもしれません。つまり自分には合わなかっただけです。)
あと、もしかしたら過去作品にもある手法なのかもしれませんが、『ガソリン生活』は会話劇の“速度感”がうまく表現されていると思いました。例えば、
「俺はもう、三ヶ月も走っていないからな」「ああ」と僕は言葉を探す。「持ち主が倒れて、入院中なんだ」「それは、退院が待ち遠しいね」「いや、もう八十で、頭の血管がやられたみたいだから。寝たきりでさ」「ああ」と僕はまた言うほかない。
(『ガソリン生活』・Lowより)
これは語り部のデミオが、通りすがりの駐車場に居たブルーバードとした会話です。カギ括弧が改行なしに連続して、かつ平叙文も混ざっていることで、「ああ」→「持ち主が倒れて~」の部分にはちょっとした時間の空白があり、「~入院中なんだ」→「それは、退院が~」のところはほぼ即答な雰囲気がよく出ています。こういった、距離感の大小をテキストとしては同じ文字間隔で巧みに表しています。
「江口さんって誰だっけ」
「お姉ちゃんの彼氏だよ」
(『ガソリン生活』・Lowより)
もちろん、普通にカギ括弧ごとに改行している(ついでに文字数も揃えている)ところの方が多いです。
伊坂幸太郎の著作は、他の一般文芸と比べると主人公がヘタレであり、会話パートが多いです。一方で、ライトノベルほどには内容が軽くなく、そもそも挿絵がありません。なのでそれらの中間的な位置付けの「ライト文芸」作品とも呼ばれるのですが、まさにそこに収まるようなストーリーだと思います。また、車の内外を気にかけないような会話のカメラワークと、そもそもデミオは何かしらの物理的アクションを取れないという制約のもとで、これほどの長編を描く構成力がすごいです。車好きの人、これから車の購入を考えている人にはぜひ読んでもらいたい一冊です。
ちなみに文庫本の初版限定にはカバー裏面に書き下ろし番外編『ガソリンスタンド』が付いています。たぶん2000文字よりは少ないだろう掌編小説で、タイトル通りガソリンスタンドでの心温まるストーリーです。作中の展開や時間軸とは関係ない場面なので、本編に入る前に読んでも大丈夫です。しかし説明もなしに車が喋ったり、“ザッパ”が出てきたりするので、やはり本書読破後にチェックするのがいいと思います。