AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『銀色の国』書評感想

 

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 今回は小説『銀色の国』を紹介します。逸木裕による著作であり、2020年5月29日に東京創元社から発売されました。

 

 

あらすじ

「もうだめ。死にたい」とツイートを繰り返す浪人生のくるみ。ある日、フォロワーのひとりからDMが届き、謎のグループ〈銀色の国〉に導かれる。一方、NPO法人で自殺防止に奔走する晃佑のもとに、思い出深い相談者が自殺したと悲報が届いた。原因を調べるうちに〈銀色の国〉の手によるものだと判明したが、それは恐ろしい計画の一端に過ぎなかった。横溝正史ミステリ大賞受賞作家が放つ、現代の闇〈自殺〉に迫る鮮烈なミステリ。

www.tsogen.co.jp

 

ポイント

  • 希死念慮と防止NPO
  • <銀色の国>
  • ゲーム的展開

 

希死念慮と防止NPO

 本作では様々な人物による視点が交錯して物語が展開してゆきます。中でも浪人生のくるみは、失恋、受験の失敗、父親との不和により自傷行為を繰り返しては「死にたい」と思っていました。そんな折にある人物から誘われて<銀色の国>というゲームにのめり込み始めます。一方、本作のもう1人の語り部である田宮晃佑はNPO法人の代表者であり、自殺対策に取り組んでいます。多忙な日々の中でショッキングなことがありつつも、同じく<銀色の国>というゲームに興味を持って行きます。
 他にも数多くの思惑が錯綜しつつストーリーが進んでゆきますが、その過程で徐々に各線が交わっては全貌が明らかになってゆく結合的ミステリ・サスペンスが本書の魅力です。

 

<銀色の国>

<銀色の国>とは作中に登場する架空のゲームです。いわゆるVRゴーグル(バーチャル・リアリティ)を被ってプレイする生活シミュレーションゲームです。しかしその美麗なグラフィックの裏には参加者を自殺に追い込む巧みなシステムが組み込まれており、くるみや晃佑を苦しめてゆきます。ただ一方で、そのゲームを完全に拒絶することはできない魅力もあり、絶妙な心の揺れ動きが<銀色の国>で描かれます。

 

ゲーム的展開

<銀色の国>からログアウトしている時間は、それを進める者と止める者の双方の様子が描かれてゆき、そこには多数の謎やヒントが散りばめられておりミステリとしてとてもフェアな立場を徹底しています。人物や場面の行き来は忙しないですが、1つずつステップを踏んでゴールを追い求めてゆくゲーム的展開が押し広げられてゆきます。

 

ネタバレ(オチ・結末)

<銀色の国>の犯人<王様>は病死したが、その活動を詩織<アンナ>が引き継いで運営していた。
 田宮とくるみ<なっつ>の「<銀色の国>を肯定する」という機転の利いた説得により自殺ミッションは中止された。後の講演会で3人は顔を合わせ、<アンナ>は詩織としてまたもや説得され新たな居場所を見つける。

 

終わりに

 かなり面白く感動的な小説ですが、それゆえにやや物足りなさも覚えました。
 まず犯人である<王様>が最終盤より手前で病死してしまうため、語られずに流されてしまった要素が大きく、その点でミステリ・サスペンス的な面白みが弱くなってしまっています。確かに中盤で彼の異常者としての闇を描いてはいますが、「死人に口なし」ということでその部分に蓋をしています。そしてそれは<アンナ>が代弁してもそれほど深堀りできていない印象です。
 関連して、なぜ<銀色の国>というVRゲームを設計したのかがよく理解できませんでした。作中で<王様>は「VRの技術を使えば、それが可能になるんだ。仮想現実の中で死への恐怖を取り払い、苦しみから解放してあげる。〈銀色の国〉はこの生きづらい世界を救済するんだよ」と語っていますが、そこに「VRゲーム」の必要性が欠けています。となると、著者がエンタメ小説として成立させるための舞台装置として組み込んだ無理やりな感触が拭えず、本筋の動機が薄れてきてしまいました。
 そして<銀色の国>はやや救済者側が有利なゲームに設計されているように感じます。当ゲームの内容を俯瞰すると、希死念慮を持つ人の空想と現実を分離させ、その上で空想<銀色の国>の重さを濃縮させ、そこでの経験を現実に還元する、という順序を踏みます。しかしそれらの分離・濃縮・還元にステップの数も幅も大きく、それよりは留まったり戻ったりする方がイージーな印象を受けます。その点で本書には「破滅から救い出す」という結末ありきでプロットしている雰囲気があり、ゲーム的な意義が失われてしまっています。
 とはいえ物語全体は、各人物の個性を保ちつつ嫌みは感じない書き分けと、隙のない文章描写で整えられています。また、現代が抱える社会問題を重く受け止めながらも、エンタメ・ミステリ・サスペンスな小説としてポップに描くことを忘れず、長編ながらも読書が止まらないよう節々に手厚いサポートが垣間見れるのも素晴らしいです。ある種の希望論やユートピアとして人々に漸近してゆく『銀色の国』は優れた1冊です。

 

銀色の国

銀色の国

  • 作者:逸木 裕
  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: 単行本