今回は小説『パライゾ』を紹介します。阿川せんりによる著作であり、2020年4月21日に光文社から発売されました。
あらすじ
あらゆる人間が一瞬にしてぐちゃぐちゃに捻れ、圧縮され、奇妙に艶めく黒い塊となった世界。その中でなぜか●●●たちだけは、ヒトの姿で取り残されていた。電気が止まり、至る所で火災や事故が起こり、崩壊していく街の中で、ある者は後悔と錯乱の中で震えながら……。ある者は唯一信じる最愛のペットを迎えに……。そして、それぞれの最期を迎えていく……。青春小説を得意としてきた著者による、不条理な世界を描いた意欲作。
『厭世マニュアル』で第6回野性時代フロンティア文学賞を受賞し、『アリハラせんぱいと救えないやっかいさん』や『ウチらは悪くないのです。』など”青春もの”を得意とする小説家・阿川せんり。『パライゾ』は現代の東京を主な舞台として、気がつくと辺りの人々がみな黒い塊となってしまった世界で、生き残った者たちの過去・懺悔・暴走が渦巻くパニックサスペンスです。
感想
物語は連作短編で、そのうち第1話「墓地 your grave」を紹介します。
秋葉原駅で突如、周囲を歩いていた人たちが黒い塊になってしまい、その光景に男は途方に暮れてしまいました。そこで偶然にも女と出会うが、彼女は拳銃を所持しており、しぶしぶながら彼は彼女のスーツケースを持ち、行動を共にすることにします。
歩き回ってもやはり彼ら以外に生きている人間がいない中、なぜ人類が滅亡してしまったかを考え始めます。会話を交わしたところ、男と女の共通点は”人殺し”であるということでした。ゆえに人間だけが黒い塊になり、動物、死体、そして”人でなし”は無事という結論を立てました。
やがて彼らは目的地であった霊園に着き、そこで女はスーツケースの中身を開けます。その中に入っていたのは備長炭と死体でした。動揺した男は女に殴りかかりますが、女は反撃に出て、その手には芝刈り機が握られており、という流れです。
『パライゾ』、まとめです。本作は一瞬でほとんどの人類が黒い塊に変わってしまった世界で、生き残った数少ない人々も混沌に巻き込まれてゆく終末物語です。結末は読み解くのが難しい不条理なものになっていますが、現代を舞台とした連作短編に仕上がっているので、ある程度の読みやすさを備えています。作中には常識人から狂人まで幅広い性格の人物が登場しますが、彼らの描写の深さにも魅力があります。
オチ
なぜ人類が黒い塊になったのかは明らかにされません。
1度黒い塊になったものはそのままで、何の救いもなく終わります。
第3話「弁護士/妻 You are here. 1」の終わりで、殺人の罪で服役中の人物が黒い塊に変わるような描写がありますが、人殺しであっても変わる/変わらないの条件は分からず仕舞いです。
第1話「墓地 your grave」の女(キャスケット帽の女)、第4話「広い世界 your future」の少女(”春”のアカウントを奪った少女)、第7話「道 your past」の男(ヤスヒサ)が第9話「空 your life」にて女(”幸”のアカウントであり神の子の姉)の視点で出会い、混乱の末に彼女自身は自殺する、というオチです。
感想(ネタバレあり)
微妙の一言です。
まず「一瞬で人類が黒い塊になる」と「人殺しのみ生き残る」という設定が面白く、唯一無二であることは評価したいです。また作中の人物たちがこれまでのディストピアやポストアポカリプスをテーマとした映画や小説(『ミスト』や『バイオハザード』など?)を意識しており、『パライゾ』自身へのメタ視点を有しているところが他の作品とは一線を画す構成になっています。展開もスピーティで、そのどれもの結末が不条理を徹底しているのが清々しいです。
ただ連作短編のため、人類に異変が起こったシーンを10回も読まされるのは単純に飽きが来てしまいますし、各短編の登場人物のプロフィールを頭に入れられては意味もなく流されてゆくのは、読んでいて苛立ちを感じます。一部の短編は札幌や海外の紛争地域を舞台としていましたが、せめて舞台は東京に統一すべきだったように思います。またすべての短編がリンクする必要はありませんが、ある短編でのアイテムや出来事が別の短編にわずかながら影響を与える、というようなパズル的ミステリ要素が盛り込まれていればまだ興味を持って読めたように感じます。
人類滅亡をテーマにしているにも関わらず、生き残った人の過去の描写が主であり、事後のシーンがそれほど多くない、単独行動をし、そして数日で終わるなど、ストーリーに広がりがないです。第2話「夢 your reality」や第7話「道 your past」のような実験や思索はポストアポカリプスでは馴染みのある展開ですが、もう少しその方向性を伸ばしてみて、せめて事件から1ヶ月後の短編があってもよかったのではと思います。
終わりに
不条理ものはおそらくあらゆる小説のテーマの中でもかなりマニアな部類のものであり、それゆえ売れにくいと考えるのですが、しっかりまとまりのある形で出版したことに驚きを感じます。しかし同じ不条理ものなら、カフカ『変身』やカミュ『ペスト』、安部公房『砂の女』や朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』あたりを先に選んでしまいますし、『パライゾ』にそれらより優れた部分があるかと問われると、答えに窮するものはあります。SFものにしてはシステムやアイテムへの描写が不足しています。一方で本作は猟奇殺人などの”危ない”ものへの描写は秀でており、作中でも事件で生き残った人が結構な割合で死んでいくので、そういった過程に一喜一憂するパニック・ホラー・サスペンスとして読み解くのが無難かと思います。