AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『恋に至る病』書評感想

 

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 今回は小説『恋に至る病』を紹介します。斜線堂有紀による著作であり、イラストはくっかが担当しています。2020年3月25日にメディアワークス文庫より発売されました。

 

  

あらすじ

 僕の恋人は、自ら手を下さず150人以上を自殺へ導いた殺人犯でした――。
 やがて150人以上の被害者を出し、日本中を震撼させる自殺教唆ゲーム『青い蝶』。その主催者は誰からも好かれる女子高生・寄河景だった。善良だったはずの彼女がいかにして化物へと姿を変えたのか――幼なじみの少年・宮嶺は、運命を狂わせた“最初の殺人”を回想し始める。
「世界が君を赦さなくても、僕だけは君の味方だから」変わりゆく彼女に気づきながら、愛することをやめられなかった彼が辿り着く地獄とは? 斜線堂有紀が、暴走する愛と連鎖する悲劇を描く衝撃作!

www.kadokawa.co.jp

『キネマ探偵カレイドミステリー』や『私が大好きな小説家を殺すまで』など、青春やミステリを多く題材とする気鋭の作家・斜線堂有紀。『恋に至る病』は、青春恋愛サスペンスであり、その内容は「青い蝶」というゲームによって支配されています。そこに絡むのは幼馴染の寄河景であり、ヒーローの僕は彼女を愛することができるのか? そんなストーリーです。

感想

 物語の舞台はスマートフォンが普及した日本で、登場人物は皆がSNSを巧みに使いこなす様子が描かれます。とある2人は小学校から中学を経て高校生活を送り、そこには青春時代特有の甘さや痛さが垣間見える、ともするとありふれた社会を背景に進んでゆきます。

 そこに登場するのが「青い蝶」(ブルーモルフォ)というゲームです。これは[一言で言うと「プレイしたら死ぬゲーム」]であり、実際にあった話をモデルとした残酷な内容のものです。もし参加すると、ゲームマスターから最初は簡単な指示が届く(『手近にある紙に蝶のマークを描く』など)ものの、月日が経つと共にその内容は苛烈になってゆき、最後には自らの命を絶つ指令が下る、というものです。一見すると取るに足りないように思えますが、「青い蝶」は心理学的・ゲーム的に巧妙にデザインされており、ターゲットとなった人物はその病から逃れられないようになっています。

 主人公の幼馴染の寄河景は、周囲の誰もが惹き付けられてしまうカリスマ性を持ったヒロインですが、じつは「青い蝶」のゲームマスターであることが明かされます。彼女はなぜ「青い蝶」を行うのか? 動機は何であるのか? 本心はどう思っているのか? 作中ではそれらが明かされつつまた隠されてゆきます。

 そんな寄河景の隣に居るのは宮嶺望であり、本作の語り部を務めます。彼は景に恋していますが、それと同時に彼女の罪も意識しています。度々として宮嶺は彼女を助けますが、それは世界がどこまで傾いても演じ続けることが可能なのでしょうか?

『恋に至る病』、まとめです。一見すると青春恋愛サスペンスな本作には、実話を元にした恐ろしいゲームが取り込まれています。そして彼女と彼は運命的、あるいは偶然にもあっという間におかしくなってゆきます。この結末はどこから生まれ育ってきたのか、注意して読んでも傷一つない内容です。

 

ネタバレあり

 もしかしたらとても優れた小説なのでは? と思います。

 ストーリーの最終盤、”偽物”の「青い蝶」に影響で追い込まれた善名美玖利を前に、寄河景と宮嶺望は彼女が生きるか死ぬかの賭けをする。結果、善名は景を道連れにする。生き残った宮嶺は景の罪を被って警察の取り調べを受けるが、そこで女性刑事の入見から、すべては景から宮嶺へ一連の事件の責任をすべてなすり付けるための計画ではないかと聞かされ、いくつかの証拠を提示される。その中には小学校でいじめを受けていた際の、彼の名前の入った消しゴムも含まれていた、というオチ。

「青い蝶」の元となったロシアの「青い鯨」は、この本を読む前から噂に聞いていました。端的にいって知らない方がいいことだと思いましたし、日本のメディアもその内容の特性上、当時あまり触れなかったはずです。
 それが『恋に至る病』では、(比喩の意味合いで)現実より鋭く的確でわかりやすい「青い蝶」に成長しており、そこに心理学・ゲーミフィケーション・優生学・哲学などなど詰め込まれていて、現代社会の臨界点的表現に辿り着いているのではとも思いました。もちろん実話を知らなくても本作は読めると思いますし、近いタイトルであるキェルケゴールの『死に至る病』とは似て反対の内容です(映画『恋に至る病』は同名だがまったく異なる内容)。
 本作には主役の2人以外にも多くの学生が登場しますが、彼らのキャラクター付けに際して安易に固有名詞を使わず、丁寧に描写しているところにも好感が持てます。勝手な例えですが、「教科書に載るような文豪の少しマイナーな短編」を芥川龍之介の『河童』としたり、「どうやらイギリスのバンドらしいが、僕も知らないバンドだった。物悲しいメロディと一緒に英語の歌詞が流れていく」をOne Directionに置き換えて手短に済ませられたところを、あえて曖昧にするところに、作品の普遍性を保とうとする努力が垣間見えます。

 青い”蝶”から連想して、作中における景のどの行動がどう宮嶺に影響しているか(いわゆる「バタフライエフェクト」)を精読するのが本書の主たる読み方のようです。しかし個人的には、宮嶺が、景か世界かのどちらかを選択するセカイ系の物語として読んでいました。シンプルに宮嶺が景をどこまで好きでいられるかを計る恋愛小説とすることもできますし、あるいは最初から景をメンヘラテロリストとして見立てて、宮嶺もテロリスト化してゆく”悪堕ち”構造として読むこともできなくはないです。

 その他の細々とした不満点を挙げると、「青い蝶」が10代には効果的だとしても、なぜ大人の日室警部にも作用したのか? が明かされていないところです。あとは警察が用意した「青い蝶」サイトの検索妨害と効果を減じる「カウンター・ブルーモルフォ」について、それは本当に有効だったのか、またそのカウンターに対してのさらなるメタは可能だったのか? も明かされないところです。とはいえ、これらまで描写していたら本筋の恋愛が疎かになってしまうので、省略もやむなしだとも思います。

終わりに

 正直いって読む前は「メディアワークス文庫の知らない著者」という感じのかなり低い期待しか抱いていなかったので、個人的に『恋に至る病』は過剰に評価しています。受け付けない人にはとことんダメな、好き嫌いの分かれる類のものであることは間違いないです。(かなり勝手なことを書きますが)もし道尾秀介や住野よる名義で講談社から単行本で出版されてメフィスト賞とか取ってしまえば、もちろん売れる著作だったのに……などと妄想してしまうくらい推せる小説です。

 

恋に至る病 (メディアワークス文庫)

恋に至る病 (メディアワークス文庫)