AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『魔女たちは眠りを守る』書評感想

 

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 今回は小説『魔女たちは眠りを守る』を紹介します。森山早紀による著作であり、装画はまめふくが担当しています。2020年4月16日にKADOKAWAより発売されました。

 

 

あらすじ

きっとみんな永遠なの。 魂も、大好きだって想いも―。待望の最新刊!
この世界の夜と眠りを守るのは、まるで天使のような、魔女たちでした―。

優しくて、愛しくて、涙が溢れて止まらない…ささやかな日常をぎゅっと抱きしめたくなる物語。人気作家・村山早紀が贈る奇跡のファンタジー小説!

魔女はすべてを覚えている。ひとの子がすべてを忘れても。どこか遠い空の彼方へ、魂が去って行こうとも。そして地上で魔女たちは、懐かしい夢を見る。記憶を抱いて、生きてゆく。
その街は古い港町。桜の花びらが舞う季節に、若い魔女の娘が帰ってきた。赤毛の長い髪をなびかせ、かたわらに金色の瞳をした使い魔の黒猫を連れて。名前は、七竈・マリー・七瀬。目指すは、ひとの子たちが「魔女の家」と呼ぶ、銀髪の美しい魔女二コラのカフェバー。
懸命に生きて、死んでゆくひとの子と、長い時を生きる魔女たちの出会いと別れの物語。

www.kadokawa.co.jp

『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞し、著書に『シェーラ姫の冒険』、『コンビニたそがれ堂』『桜風堂ものがたり』などをもつ児童文学作家の村山早紀。『魔女たちは眠りを守る』はWebマガジン「キノノキ」の2019年4月から10月にかけての連載に書き下ろし・加筆・修正を加えて単行本化した、現代に生きる魔女たちの物語です。多くの一般人の中に少数の魔女たちが慎ましく暮らす様子の、彼らの魔法で日常生活にちょっとした奇跡が起こる、SF(すこしふしぎ)なストーリーです。

 

感想

 今作の魔女の世界観について、その存在はおとぎ話の中だけとされており、表だって活動する魔女は居ません。また10年に1歳ほどしか成長することも老いることもなく、様々な体験を経ているためとても思慮深いです。彼女らの能力はやはり特別で、箒による飛行能力、嵐の天候操作、予知能力、強靱な肉体、動物に好かれる、幸運に恵まれる、などなど、ややファンタジックの度が過ぎる側面もありますが、往々にしてそれらが発揮されるのはごく一部です。

 前述の通りに魔女たちは長生きですが、その分だけ人との別れも多く、結果として誰かとの関係性を深めようとはしません。ただ彼女らにも心があり、ほんのひとときでも人と関わり思い出を持とうとしています。一方、魔女たちも全能ではなく、[あまりにも疲れすぎていたり、ひどい怪我を負ったり、魔法を使いすぎると、「死んで」しまうこともある]ようです。

 さて、本作は連作短編になっており、魔女たちが語り部を務めることもあれば、一般人の生活の中に魔女が少しだけ登場する話もあります。シチュエーションも様々で、シンプルなストーリーもあれば、回想話、数十年にわたるドラマもあります。自分に合う好みの話だけでも重点的に味わえる、とても読みやすい構成になっています。

 その中でも注目したいのが、各話にて多くの主役を務める七竈七瀬という魔女です。彼女は170歳を超えていますが見た目は女子高生であり、魔女としても未熟な部分があり寂しがり屋なのですが、それゆえに彼女の目を通してドラマが描かれます。

『魔女たちは眠りを守る』、まとめです。本作は現代社会に居るかもしれない魔女たちの出会いと別れの物語です。また児童文学的な雰囲気は大人向けにアレンジされており、むかしファンタジーが好きだった人に向けた、ハートフルなストーリーが詰まっています。

 

ネタバレあり

各話評価

(100点満点、0~59:不可、60~69:可、70~79:良、80~89:優、90~100:秀)

第1話 遠い約束 60点
第2話 天使の微笑み 60点
第3話 雨のおとぎ話 55点
第4話 月の裏側 80点
第5話 サンライズ・サンセット 40点
第6話 ある人形の物語 45点
エピローグ 貝の十字架 50点

ネタバレあり所感

 オチといっても連作短編であり、それほど意外性も求められていない(はず)なので、その内容は重要ではありません。1話あたりおおよそ1~2人が亡くなるものの、彼らの願いを魔女たちが叶えることで、ささやかなハッピーエンドを迎える予定調和なものが多いです。
 著者は児童文学出身であり、読者も30~50代を想定しているためか、文章描写に注力されている雰囲気を感じます。
 一例として第2話「天使の微笑み」より一文を引用します。

 もともと小柄で、年齢も魔女にしては若い七瀬には、生活に必要なものの他に、魔女の仕事道具一式が詰め込んであるトランクは、認めたくないけれど重かった。子どもじみた小さな指が赤くなり、じんじんとしびれて熱を持っていた。

(村山早紀 魔女たちは眠りを守る 第2話 天使の微笑みより引用)

 多めのひらがなに漢字が適度に散らばっていて読みやすいですし、含みのある表現が読み取れます。対してカタカナや擬音は全体的に少なく、西洋ではなく日本的なファンタジーの雰囲気を覚えました。

 魔女たちは様々な能力を有しているため、彼女らには経済的な不自由はないようです。一方で、彼女らは長く生きてしまうため一般人との何年にもわたる関係性を築けず、また神でも全能でもないので、世界規模で人々を救ったり愛したりすることはできないようです。ただ魔女たちも人であり愛に餓えているので、たまたま会った誰かにささやかな祝福をして自らを慰めようとする、”小さな物語”を”消費”する傾向が見られます。

 本作は近代(第二次世界大戦以降)を舞台としており、話によっては2010年代のような現代社会が描かれます。中でも第4話「月の裏側」では七竈は科学に対して「人工の魔法」と評しており、スマートフォンやゲームも登場します。個人的には、テクノロジーによって魔女の幻想が剥がされた上に、ゲーム的なストーリーが上書きされた世界で、”古典的魔女ファンタジー”をどう組み込んでいくかという点に注目していたのですが、あまり掘り下げられず落胆しました。他の話においては文体のみ現代チックなだけで、展開としては昭和でもよく(実際に昭和が舞台のものもある)、保守的すぎると感じました。

 

終わりに

『魔女たちは眠りを守る』には一定の感動が収められているものの、基本的に過去方向のカタルシスや関係の清算であり、未来への冒険心がちょっと足りていないです。文体は美しく今後10年は持ち堪える雰囲気ですが、取り上げているものが(おそらく紙媒体の)本や絵画であり、モノが消失しつつある現代において根底が揺るがされない危うさを抱えています。タイトルやあらすじは小学~中学生向けと受け取れるかもしれませんが、個人的には社会人~結婚~出産を経た、そしてむかしファンタジーが好きだった円熟した大人向けの小説だと思います。発売時期が最近とあっておそらく読了している人は少なく、ターゲットに対してはおおよそ満足を与えるストーリーなので、プレゼント向きの1冊だと思います。

 

魔女たちは眠りを守る

魔女たちは眠りを守る