AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『セロトニン』書評感想

 

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 今回は小説『セロトニン』を紹介します。ミシェル・ウェルベックによる著作であり、翻訳は関口涼子が担当しています。2019年1月にフランス語原本が発売され、同年9月27日に河出書房新社から日本語訳が発売されました。

 

 

あらすじ

 巨大生化学メーカーを退職した若い男が、遺伝子組換え、家族崩壊、過去の女性たちへの呪詛や悔恨を織り交ぜて語る現代社会への深い絶望。世界で大きな反響を呼ぶベストセラー。

www.kawade.co.jp

『素粒子』や『服従』など、サイエンス・フィクションの要素を入れつつセンセーショナルで近未来的な作品を発表し、現在ではフランスに留まらない人気を博している作家・ミシェル・ウェルベック。彼の挑戦的な発言や内容は、時として警察の監視下に入ることもありますが、フランス文学賞であるゴングール賞受賞、フランス最高勲章であるレジオンドヌール勲章叙勲など、とても権威ある作家です。

 ウェルベックの4年振りの新作である『セロトニン』は、あるきっかけで全ての人間関係を絶った男の逃避行記です。ヨーロッパを彷徨いつつフランス農業の課題に直面し、そして現代の幸せと愛を静かに問う物語です。

感想

 本作はフロラン=クロードという男性の日記を追う形で進みます。彼は高い教育を受けており専門的な農業契約調査員として働いているものの、若くはなく、鬱病を抱えています。ゆえに抗鬱剤を服用していますが、その作用によって濃度が上昇したセロトニン・ホルモンにより不能となっています。

 物語の冒頭は、ぼく(フロラン)と日本人女性のユズとの交際が描かれます。ただ2人の関係は以前と比べて沈黙が広がっており、最終局面に来ていました。さらにとあるきっかけで、ぼくは彼女の(かなりショッキングな)秘密を知ってしまいます。そしてたまたま、「蒸発者」というあらゆる関わりを絶った人のドキュメンタリー番組を鑑賞し、ぼくも蒸発者になることを決意しました。

 少しの煩雑な手続きを済ませ、以降ぼくはヨーロッパ各地のホテルを転々とする生活を送り始めます。その中で、過去に付き合った恋人たちとの回想に耽ります。ケイトはデンマーク人で知的な顧問弁護士となり、クレールは女優としてのキャリアを築いていく中で明白な破局もなく別れ、カミーユとは駅のプラットフォームでの再会を待ち遠しく思っていた、などなどです。その過程で「愛とは何か?」を自問しますが、返ってくるのは深い悲しみの答えばかりでした。

 やがてぼくは学生時代の親友であるエムリックの城を訪れます。彼は没落貴族の出身で、工業的なものを避けて有機的な畜産農業を営もうとしていますが、ビジネスとしては立ち行かず、相続した土地を売り切りする苦しい生活を送っていました。彼の元に居候し始めたぼくは、ある出来事を理由にエムリックから射撃を習い始めます。物語に銃が登場し、その使い道が注目される中で抗議デモが発生し、引き金が引かれます。

 後にぼくは再びの放浪生活に移り、その途中で知り得た元恋人のカミーユの住所に出向きます。観察することで彼女には子供がいるが、その他の人間関係が存在しないと理解したぼくは、そのうちカミーユに彼か子供かの2択を迫るという悪魔的な考えを浮かべます。状況に耐えうる薬を得るため、ぼくはカウンセラーのアゾト先生の診察を受けるものの、そこでエスコートガールを勧められたことに言葉を失いました。早々にアパートに引越し、そこの窓を開けて体を傾けた際の落下時間の計算式を解き、その行為について思い悩み始めるとともに文章は途切れてゆきます。

『セロトニン』、まとめです。ふとしたきっかけで始まる主人公の蒸発の物語は陰鬱な逃避行劇ですが、その中には現代の幸せや愛を問いかけた末に辿り着いた悲しみで溢れています。またフランスを中心とした現代ヨーロッパの雰囲気、あるいはフランス農業の課題が描かれています。そしてそれらは理知的で読み応えのある文体によって綴られています。

ネタバレあり 

 これ以上の悲しみの行き場がないほどのバッドエンドです。
 親友エムリックの自殺を見て、主人公もその後を追うかを思い巡らしますが、踏み切ることはできませんでした。ただそこに救いはなく、神からも女性からも見放され、セロトニンに精神を支配されつつ孤独に死を待つ状況になってしまいました。

(内容からして優しいわけがないのですが、)『セロトニン』はとても難しい物語です。2010年代のヨーロッパを舞台に話は進んでゆきますが、その中で新旧さまざまな文化的事柄(ショーペンワウアー、YouPorn、フランス農業組合、悪の華、そして抗鬱剤)が取り上げられ、読み解かなければならない範囲が広すぎます。書かれている日記の冒頭に日付がないことも多く、時系列が前後することも少なくないです。章立てもありません。ただ、事の発端から終わりまで約半年間の物語であり、俯瞰して整理すると大きな出来事はあまりありません。そこには主人公が抱く愛に対する絶望が詰まっているだけです。

『セロトニン』の全体構成も複雑ですが、1つの文章に焦点を当ててもシンプルとはいえません。
 一部作中から引用します。

 ぼくは不快な夢が続く最悪の夜を過ごした、飛行機に乗り遅れ、そのせいで様々の危険な行動 を取らざるをえなくなるのだ、例えば空からシャルル・ド・ゴール空港に到着しようとしてトーテムタワーの最上階から飛び降りるとか──時として手をバタバタしたり、滑空しなければならない、ぼくはやっとのことでたどり着くが、ちょっとでも集中力が欠ければぐしゃっと潰れて しまっただろう、植物園の上で危険な目にあい、高度わずか数メートル、猛獣の檻の上すれすれのところを飛んでいた。このくだらない、しかし劇的な夢の解釈ははっきりしていた。ぼくは逃げ切れないかもと恐れていたのだ。

 一文が非常に長く、独特な句読点(、と。)の使い方をしています。比喩も全体的に冗長な傾向にあります。ただ古典文学や鬱人物の独白にありがちな夢うつつの内容ではなく、不思議とリズムがよく明瞭で、しっかり言い切る形の文章が多いです。仏語原本の内容を尊重しつつ、テンポよく邦訳に落とし込む成果が出ていると感じます。
 また作中に日本人女性のユズが登場しますが、控えめにいって差別的な描写があります。読む際には配慮した方がいいです。性的描写は確かに多いですが、官能小説というレベルではありません。

他作品との比較

 自身においてミシェル・ウェルベックの小説は『素粒子』『服従』そして『ある島の可能性』と続いて4冊目でしたが、『素粒子』より難しい内容だったと思います。『素粒子』は文理に優れた異兄弟の物語でしたが、『セロトニン』はその文理の役割を主人公が一任していて、彼が読み手に構わず歩みを進めていく印象でした。また『素粒子』も『服従』も『ある島の可能性』も、最後にはある種の救済が訪れるのですが、『セロトニン』は完全に救いのない物語です。
 フランスでイスラム政権が誕生する『服従』は、奇しくもイスラム世界がヨーロッパ圏を脅かす時代に出版されたことを代表として、彼のフィクションは現実世界を近く予言した内容であるとされています。一方の『セロトニン』は、事象としては実際のフランス政府への抗議デモ「黄色いベスト運動」を予見しており、テーマとしても愛の消失を扱うなど、先進的な内容を含みます。未だ現実が追いついていないのか、または『セロトニン』がズレていたのか、時点では判断に困るところです。
『素粒子』や『ある島の可能性』では科学技術の跳躍が起こる物語なのですが、『セロトニン』は化学物質のタイトルを冠しているものの、前作らのようなSF的要素は排除され、純文学的手法により描かれています。以前からのファンだと『セロトニン』の傾向には肩透かしな印象を受けるかもしれません。

終わりに

『セロトニン』はどうしようもなくひどい内容なのですが、それでもなぜか惹き付けられてしまう物語でした。この結末にならないようにあまり考え詰めすぎず、一方でしっかりと人間関係を築いて、趣味も持ちたいですね。

 

セロトニン

セロトニン