AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『掟上今日子の設計図』書評感想

 

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 今回は小説『掟上今日子の設計図』を紹介します。西尾維新による著作であり、装画はVOFANが担当しています。2020年3月18日発売の書き下ろし作品で、「忘却探偵シリーズ」最新作です。

 

 

あらすじ

『學藝員9010』と称する人物が、ウェブ上に爆破予告を投稿した。猶予は9時間。火薬探知犬と盲導犬を左右に司る爆弾処理班のエース『両犬あざな』こと扉井あざなが捜査を進める中、容疑者となった隠館厄介の依頼により、忘却探偵・掟上今日子も参戦するが――。
忘却探偵の最速の推理をもってしても、このタイムリミットには間に合わない!?

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「戯言シリーズ」や「<物語>シリーズ」でおなじみの小説家・西尾維新。一方でこの小説は、本格派ミステリとタイムリミット要素を掲げた、『掟上今日子の備忘録』からはじまる「忘却探偵シリーズ」の第12作目です。
 眠るたび記憶がリセットされる白髪の名探偵・掟上今日子、彼女が今回挑むのは爆弾処理です。冤罪体質の隠館厄介をはじめとする数々の面々で語られる長編小説であり、重要な新キャラクターである「扉井あざな」が登場するのも本作です。

感想

「設計図」とある通り、本事件は計画犯罪であり、物語は次第に今日子さんと犯人との頭脳戦、戦略ゲームのような様相を呈してきます。用意していたシナリオ通りに行かない場合、タイムリミットが迫った時、命の危機的状況である際、どう行動するべきか? そのまま押し通す? ある程度のイレギュラーを許容する? 心の赴くままに奔走する? 本作はそういった極限環境での人の動きに注目して読み進めると、より深くテーマを味わえる一冊だと感じます。

 ストーリー序盤は、『デモンストレーション』による”予告爆破動画”にて容疑をかけられた厄介が、今日子さんを呼び出します。そして、彼が犯人である可能性が極めて低いことを説明してゆくという、オープニングミステリが組まれては解かれます。
やがて舞台は本命の美術館に移り、そこで2匹の犬を操る爆弾処理班のエース「両犬あざな」や数々の個性的なキャラクターも現れながら、いざこざがありながらも爆弾を探し、推理を繰り広げては当てが外れ、刻々とタイムリミットが近づいてゆきます。この中盤の話が進むテンポと、そこに挿し込まれる軽妙な会話劇が心地良く、読みどころだと思います。
犯人は意外にも早く判明します。物語の終盤は、爆弾処理に悩む今日子さんと、十全とはいえない結果に終わった犯人の逃走劇とが描かれます。その結末は意外にも? という感じです。

『掟上今日子の設計図』、まとめです。爆破予告を発端とする本作は、「忘却探偵シリーズ」の中でもとりわけ時間制限が厳しく、それでいて大事件を解決してしまう今日子さんは、時給換算だとおそらく過去最高の探偵料金を獲得したのではないでしょうか。また、タイムリミットによるキャラクターやストーリーの動きが目まぐるしく、物語のテンポの良さが際立っており、すらすら読み進められます。一方、次第に登場人物・読者共々に余裕がなくなってゆき、オチはちょっと苦しい感じになってしまったかと思います。

ネタバレあり


 犯人は、爆弾処理班のエース・扉井あざなです。
 彼女が犯人だと当てることはできませんでしたが、ミステリに精通しているならば見破ることも可能かと思います。作中の犯人による独白が男らしい文章でかつ思想性を感じるのは、著者によるミスリードだとしても、やはり最大の障壁は、あざなは目が見えず、それゆえ爆破予告動画や爆弾を作るのはどうしても無理があるように感じます。彼女は処理班所属なので爆弾に詳しいとしても、それは解く方向であって、爆弾を作るのとは別の問題であり、やはり目が見えないと難しいのではと思います。予告動画に関しても、その危険な内容からして他人に依頼作成することは願わず、彼女自身が編集作業をするのは無理があると考えてしまいます。

 もう1つの焦点は、爆弾を抱えた扉井あざなを止めるオチです。
 今日子さんをはじめとする誰もがあざなの説得に失敗し、彼女は美術館直下の地下鉄の中で爆弾のスイッチを押そうとします。それに対して今日子さんが取った行動は、車内アナウンスを多く流し、見ず知らずの誰かがあざなに席を譲らせて思い留まらせる、という策でした。
 これは今日子本人も言うように”確率”の結果であって、今までの忘却探偵シリーズや、理詰めで行動する今日子さん、白黒はっきり付いてきたミステリ合戦とは趣の異なる事態であり、ゆえに多くの読者にとっては後味がよくなく、いわゆる”運ゲー”といいますか、受け入れがたい感じになったのではと思います。優位な状況に持ち込んだ時点で今日子さんの勝ちともいえますし、一方で、”描写したことが結果となる小説の修正力”を理不尽に押し付けている感じも拭えないです。

 その他細々とした不満点を挙げると、まず舞台である美術館がマンネリであるところです(『推薦文』であった)。途中、今日子さんが眠ってしまうが、自身の身体に書かれたメモを頼りに事件解決に導くという展開も以前にありました(シリーズに何度もある)。そして目覚めたばかりの今日子さんが感覚的に厄介を信じるという流れも再出です(ドラマ版『備忘録』のオリジナル脚本そのまま)。

 とはいえ、本作の優れたところは、終盤にかけて扉井あざなに注目が集まってゆき、対して、そこにいるはずの背景的観客の存在が薄まったところで、あざなに声をかけた名もなき人が最後の解決者になるという、文章の視線誘導にあると思います。その構図は目が見えない彼女に再び光が差し込むのに似て見事でした。

終わりに

 相変わらず厄介と今日子さんとの関係性は進まず、今日子さんの過去も垣間見えそうで見えないもどかしさが残る雰囲気ですが、約1年半振りに「忘却探偵シリーズ」が刊行されて一先ず安心しました。でも著者の近年の執筆ペースを鑑みるに、あとがきにあるような「次こそ『五線譜』で、その次が『伝言板』」という出版設計通りに行きそうにはなさそうだと、個人的には考えてしまいます。

 

掟上今日子の設計図

掟上今日子の設計図

  • 作者:西尾 維新
  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)