AYUTANINATUYA

脱サラ・アラサー大学院生。日記と、趣味のゲーム・書籍・漫画などのサブカルを発信してます。

小説『二重生活』感想

 

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 小池真理子による小説『二重生活』を読みまして、感想を綴ります。
 

二重生活・あらすじ

 大学院生の珠は、大学時代のゼミで知ったアーティスト、ソフィ・カルによる「何の目的もない、知らない人の尾行」の実行を思い立ち、近所に暮らす男性、石坂の後をつける。そこで石坂の不倫現場を目撃し、他人の秘密に魅了された珠は、対象者の観察を繰り返す。しかし尾行は徐々に、珠自身の実存と恋人との関係をも脅かしてゆき―。渦巻く男女の感情を、スリリングな展開で濃密に描き出す蠱惑のサスペンス。
(「BOOK」データベースより引用)
 普段はライトノベルやミステリーを読んでいて、こういう、恋愛もの・不倫ものは苦手なのですが、『二重生活』の予告編を見て、”学問”や”哲学”というワードが、比較的堅物な自分にも合いそうな気がしました。それに映画の出演キャストで登場人物のイメージもできあがったので、読み進めやすいと思って手に取りました。
 まだ、映画版は見ることができていませんが、後にチェックする予定です。

 

「二重生活」とありますけど、本作で描かれている生活は数多いです。
  • 主人公の珠と、同棲の卓也との生活
  • 珠が尾行する石坂と、その妻との生活
  • 石坂と、不倫相手の澤村しのぶと会う生活
  • 卓也が、雇い主である三ツ木桃子と連れ添う生活
 そして『二重生活』の大まかな流れは、珠が「文学的・哲学的尾行」を実践し、石坂の生活を目撃するにつれて、卓也と桃子が不倫関係にあるのではないかと疑心暗鬼になってゆきます。しかし珠は尾行を止めることができず、石坂を追ううちに、逆に石坂からコンタクトされてしまいます。そして最後は、石坂との対話が始まります。
 尾行を続けてゆく中で、ぐるぐると渦巻く不安感といいますか、次第に膨らんでくる猜疑心を、読んでいてイライラしない程度に追い立てる心理描写がすごくよかったです。それと「尾行」という、普通ならやってはいけないことを実行している気分になってきまして、その背徳感が気持ちいいです。
 
 主人公の珠はフランス哲学科の大学院生で、そういう触れ込みだと面倒そうなキャラクターを想像してしまいますが、読み進めてみると、物事を客観的に捉えることができるものの、それに伴う行動力を持ち合わせていなかったり、ふとしたことから失言してしまったりする、程よく中庸的な人物だと思います。あくまで”哲学”は「主人公に尾行をさせる」という動機付けのために練られたのではないでしょうか。
 少し気になったのは、珠のお金の使い方が荒いところです。自分も修士号(工学)を持っているのですが、その頃(23~24歳)だと同学年の友達の多くは4年大学を卒業して就職して、自分とは財力に圧倒的な差がありましたし、自分自身にも勤労していない後ろめたさがありました。珠もそういったを少しは持ち合わせているようですが、一方ではレストランで気軽に食事をしたり、好き勝手に買い物をしたりと、自分とは金銭感覚がイマイチ合っていなかったので乗れませんでした。
 
 ただなによりも、「哲学って結構面白そう」と思いました。本作は言ってしまえば、「文学的・哲学的尾行を実際に行動に移してみたらどういう影響が起こるか?」という実験小説的な面を大きく持っていまして、そこから半自然的に生じてくる感情の濁流に、中毒感があって不思議な気分になります。題材になっているソフィ・カルの著作も手に取ってみようかな、とも思いましたし、こういう発想が生まれる哲学そのものにも興味が湧いてきました。
 読むのに勧めたい人は、不倫している人、不倫の経験がある人、不倫に類する状況にある人です。それと大学院生の人です。エンタメ一辺倒というわけではなく、ややこしい部分も多いので、読書にスッキリ感を求める人には向いていません。
 
 ちらっと見た映画版の内容や感想を追うと、原作小説とはかなり違う作りになっているみたいです。まず珠の指導教員から「文学的・哲学的尾行」というテーマを与えられます。”与えられる”というところがそもそも無目的ではなくなり、行動の意味を持たせてしまっているので、原作の設定が気に入っていると少し不安を感じます。そして、卓也の仕事はゲームデザイナーに変更になっており、三ツ木桃子はワンカットも登場しない様子。これだと石坂・しのぶの関係を珠と卓也との関係に重ねられるのか、これまた不安になります。
 一方で、指導教員の篠原教授との関係は相当に密になっているらしいです。原作だと篠原教授は、珠にアドバイスをするだけで、その他の背景はほとんど語られません。尾行というグレーな行為について、篠原教授だけは安全圏から援護射撃するのはだいぶ卑怯だと感じていました。それに「なぜ篠原教授はソフィ・カルを学生たちに教えるのか?」というところが、そもそもの事の発端でした。その辺りを映画版だけのオリジナルとして描いてくれるというのは、かなり期待していいと思います。
 
 以下、『二重生活』のポピュラー・ハイライトです。
 
  • 『他社の後をつけること、自分を他人と置き換えること、互いの人生、情熱、意思を交換すること、他者の場所と立場に身を置くこと、それは人間が人間にとってついに一個の目的となりうる、おそらく唯一の道ではないか』
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  • 求めても決して得られない愛にしか、珠は結局のところ、安心して身を委ねることができない。
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  • ひとたび大きな秘密を抱えこむと、それを失うことが恐ろしくなるのも、また、人間なのではないのか。彼は今、その秘密に苦しめられ、悩まされ続けているが、一方では、秘密のせいで暗く輝いている人生を誰よりも深く愛しているのだ。失いたくない、と思っているのだ。
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  • その都度、人は混乱し、苦しみ、同時に他者を傷つけ、八方塞がりになって絶望するのである。
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  • 男と女のやることは、常に誰かを傷つけずにはいられず、たとえ世界中から糾弾されたとしても、男と女はそれをすることをやめはしないのだ。
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  • この世に、隠し事なしで生きている人間が、どのくらいいるのだろうか。自分自身を全開しに、どこを切り刻んでも嘘や秘密が、かけらも出てこない人間が、果たして存在するのだろうか。
人気のあるハイライト-3 ロケーション2746
 
  • 万事、ものごとはいつしか、好むと好まざるとにかかわらず、あるべき形におさまってゆく。じたばたするのは見苦しく、卑しく、結果、自分自身を傷つけてしまいかねない。
人気のあるハイライト-3 ロケーション2760
 
  • とどのつまりは、知らぬが仏、なのだが、知らないということは一方では恐ろしいことでもあった。その種の恐ろしさと不安にひとたびとらわれると、人は否応なしに蟻地獄にはまってゆく。とらわれまいとすればするほど、妄想の堂々巡りが始まる。にっちもさっちも身動きがとれなくなる。
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  • 嫉妬する人間というのは、不思議なほど、相手からもつまらぬことで嫉妬されやすい。さらに言えば、浮気している人間、もしくは浮気の習慣が身についている人間ほど嫉妬深いのだ。そして、相手の秘密に対しても不寛容になる。
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合計ロケーション:4954
ハイライト情報:2017年1月
 
二重生活 (角川文庫)

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