川村元気による小説『世界から猫が消えたなら』を読み終えまして、感想を綴ります。
世界から猫が消えたなら・あらすじ
郵便配達員として働く三十歳の僕。ちょっと映画オタク。猫とふたり暮らし。そんな僕がある日突然、脳腫瘍で余命わずかであることを宣告される。絶望的な気分で家に帰ってくると、自分とまったく同じ姿をした男が待っていた。その男は自分が悪魔だと言い、「この世界から何かを消す。その代わりにあなたは一日だけ命を得る」という奇妙な取引を持ちかけてきた。僕は生きるために、消すことを決めた。電話、映画、時計…僕の命と引き換えに、世界からモノが消えていく。僕と猫と陽気な悪魔の七日間が始まった。二〇一三年本屋大賞ノミネートの感動作が、待望の文庫化!(「BOOK」データベースより引用)
2016年には主演・佐藤健により映画化もされた、すこしファンタジックなヒューマン・ストーリーです。
世界からモノを消すのと引き換えに、主人公である”僕”の寿命が1日延びるという悪魔の取引に応じ、実際に消失する瞬間、消失した世界を体験することで、日常に埋もれている大切なものを再認識してゆきます。
ちなみにタイトルに『猫』とありますが、それは物語の象徴的な意味合いの単語であり、主人公が過度な猫愛好家というわけではありません。もちろん、猫や動物がそれほど得意でない人でも読み通せる内容になっています。
月曜日:悪魔がやってきた
主人公の生活、脳腫瘍という突然の告白、そして悪魔との出会いが描かれます。
ちなみに文体は以下のようになっています。
しかし、しみじみと悲しさはやってくる。
僕はまだ三十歳だ。ジミヘンやバスキアよりは長生きだけれど、なんだかやり残したことがあるような気がする。この世界のために僕にしかできないこと。きっとあるはずだ。
とはいえ、そんなことはまったく思いつかず呆然と歩いていると、駅前でアコースティックギターを持ったふたり組の青年が声を張り上げて歌っていた。
文体はかなり柔らかく、語り口も青年風になっています。悪くいえば言葉に重みがなくて、作中に没入できない雰囲気を作ってしまっています。
悪魔もテーマと相反する陽気な雰囲気です。重苦しい内容をそのままのイメージを伝えると読み進めるのが難しくなってしまいますが、ライトな表現だと、そこに混ざり込んでいる深い一文や一場面が印象的に残ります。
火曜日:世界から電話が消えたなら
前章で電話を消し、その後の世界が描かれます。
周りの様子から主人公は、悪魔は電話の存在を消したわけではなく、認識できなくしただけ、という推測をします。過去の歴史改編ではなく、あくまで現在から未来が変化した、ということです。そして主人公は昔の恋人と再会し、回想と、電話の功罪を語り始めます。
「モノを消す」を体験する、チュートリアルみたいな章です。
水曜日:世界から映画が消えたなら
主人公の趣味である映画を消すにあたり、最後の1本を選ぶためにレンタルビデオ屋に足を運びます。
作者は映画プロデューサーであり、作中の主人公は、友人と一緒となって数々の映画をズラズラと語ります。スター・ウォーズ、ターミネーター、タイタニック、ライフイズビューティフルなどです。ラインナップは誰でも知っている作品ばかりであり、それほどコアな話の掘り下げもないので、映画に詳しくない人でも話に入ってゆけます。
この章では「モノを消す」ことで他人への影響を認識し、舞台設定の深掘りをしてゆきます。
木曜日:世界から時計が消えたなら
朝起きると、悪魔のサプライズにより飼っていた猫が喋るようになっています。小説的な見方をすると、新しいキャラクターを加えて物語の展開をより豊かにするのと、終盤への布石としての意味合いを帯びています。
時計を失ったことにより、主人公と父と母との思い出、その時の後悔、そして時間の意味を噛み締めます。
前々章・前章を受けて、物語はより深いところへ降りてゆきます。
金曜日:世界から猫が消えたなら
悪魔から猫を消すかどうかを持ち掛けられて、葛藤する主人公を描きます。
消えてしまったかもしれない猫を追いかけて、ある人から母の手紙を受け取り、読み進める主人公。そして決断をします。
土曜日:世界から僕が消えたなら
死を受け入れた主人公が”終活”をする章です。悪魔の正体が明かされ、そして主人公のこれまでの人生が総括されます。郵便配達の仕事を選んだわけもここで語られます。
日曜日:さようならこの世界
主人公の旅立ちが描かれます。
感想
導入部分中盤までは不安になるほど軽いものの、それに油断して読んでいると、心に突き刺さるものがある物語でした。
メッセージ性はとても大きいのですが、前述の語り口の軽さや、その他の設定部分に曖昧さが散見するために、深く考えずに読み進めると何もないままに話が終わってしまう内容かもしれません。
それと気になったのが、主人公の元彼女についてです。彼女とは電話で何時間もやり取りし、映画を語り合った仲なのに、主人公がそのつながりを切ってしまうのは行動原理として疑問が残りますし、その思い出を後出しで語る主人公の印象も悪くなりがちです。しかも電話や映画が消えた後の世界で、彼女が母の手紙を持って来てくれる、というのはご都合主義が過ぎるのではないでしょうか。
とはいえ、現在の複雑な日本を舞台に、さらに大人を主人公に据えて、寓話のような骨格を作り、子供にも大人にも勧められる物語を見事に紡ぎ上げています。大切な人へのプレゼントにはうってつけの一冊だと思います。