西尾維新による「忘却探偵シリーズ」の新刊『掟上今日子の婚姻届』を読みまして、その感想をまとめてみます。
まず「忘却探偵シリーズ」について。
事件は今日中に解決します――そして、明日には忘れます
眠るたび記憶がリセットされる白髪の名探偵・掟上今日子のタイムリミットミステリー。二〇一五年十月より日本テレビ系列にて『掟上今日子の備忘録』がドラマ化、西尾維新初の実写化作品。装画はVOFAN。
(「西尾維新 OFFICIAL WEBSITE」より引用)
そして『掟上今日子の婚姻届』について。
忘却探偵・掟上今日子、「はじめて」の講演会。壇上の今日子さんに投げかけられた危うい恋の質問をきっかけに、冤罪体質の青年・隠館厄介は思わぬプロポーズを受けることとなり……。
美しき忘却探偵は呪われた結婚を阻止できるのか!?
「忘却探偵シリーズ」の6巻目です。また今回の語り部は、『備忘録』(第1巻)と『遺言書』(第4巻)で登場した冤罪体質の隠館厄介です。
ストーリーを簡単にいうと、とあるきっかけから厄介はプロポーズされます。するのは本巻で初登場の囲井都市子。しかし彼女には、付き合ってきた男性の全員が破滅している過去があり、冤罪を防ぐためにも今日子さんに依頼して事実を明らかにし、断る、というものです。
まず、プロポーズを“断る”ために“探偵依頼”をするという設定が面白いですね。断るという決意は厄介本人が、その方法論は今日子さんが考えるという、実作業だけの外部委託が、身分調査してから結婚の判断をする普通の流れとは逆なのが奇妙です。
本書のテーマの一つは「パターン化」です。今までにはなかった序章の講演会で今日子さんは、記憶がリセットされても「世の中は連続したパターンの上にあり、その歴史についてゆければ大丈夫」というようなことを言ってのけます。
一方、脱・冤罪体質を目指している厄介は、疑いを未然に晴らそうと部屋を清潔にし、さらに今回の調査も、誰かが傷ついたり何かが失われたりする前の予防線として依頼します。しかしよく考えてみると、ある枠組みから外れようとすることそれ自体がパターンであり、それに気づかず行動してしまう無意識に怖さを覚えます。
そして紙幅が残り2割くらいにもなると、推理も大詰めになってゆきますが、そのシーンは基本として厄介と今日子さんが、(理論的にとはいい)都市子さんが居ないところで仮説を積み重ねているに過ぎない状況なので、「本当にこの推理で合っているのか?」という疑問が湧いてきました。しかし「無粋な理詰めの前に総崩れで、今や風前の灯火とも言える『呪い』を貫くためにも、手段を選んではいられなくなった」という一文が、物語の内容を、本書を読んでいる自分自身の、都市子さんのプロポーズの意図を拒否したい思い(呪い)とともにばっさり言い切っている感じがしました。
結局のところ、厄介は都市子さんのプロポーズをかなりひどい形で断り、誰も幸せにならないのですが、それが最良の選択であるのが興味深いところです。
今日子さんの過去は序章の講演会で少しだけ語られますが、それが事実なのかは分からないまま本巻のストーリーは終わってしまいます。厄介と今日子さんの間柄にも何の進展もありません。なのでエンタメ的でありながら、事実や虚言が飛び交って気力がなくなる内容なので、読後感があまり良くない一冊でした。
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