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AYUTANINATUYA

20代の工場作業員だってこんなことを考えている

the last day of my adolescence

2016年3月31日の話をします。

その頃にはすでに大学を卒業しまして、明日には就職先の入社式が控えていたのですが、

やるべきことがたくさんありました。つまり、

・大学(名古屋)にて生協の脱退手続きをする

・友人の卒業証書を代理で受け取る

・研究室(岐阜)に行ってパソコンとカードキーを返却する

・研究サンプルの整理と破棄をする

・指導教授に研究データを提出する

・お世話になった人への挨拶回りをする

・後輩に向けて研究データと装置マニュアルを残す

・研究室に置きっ放しの原付に乗って帰る

必要がありました。

どれも卒業までにできたといいますか、それまでにすべきだったはずなのですが、

いかんせん、期日ぎりぎりまで行動せず、期日になっても行動しないという、

自身に染みついた計画性の無さはどうしようもありません。

むしろ、ここまで強固な個性が清々しいとさえ思います。

 

さりとて、各々のToDoリストは意外にも滞りなく消化されてゆきました。

だいぶ前に研究室の送別会は行われたので、正直いって別れの挨拶は済んでいて、

どちらかといえばこの時期に研究室へ出向くのは居心地が悪かったのですが、

先生方はつとめて自然に対応してくれて、ついでに他の学生は春休みで不在だったので、

やはり無難に、そしてちょっと回顧的な会話をして、研究室を発ちました。

 

思い返せば、こんな日が来ることを深く推しはかって研究室に出入りしていました。

大学に入って、真面目とはいえないまでも色々と理工学を学んで、

その課程の共通実験では、物事について試したり調べたりすることの難しさ、

そして“ある結論らしき何か”に辿り着く面白さを知ってしまいました。

しかし、お世辞にも自分の学業成績は良いとはいえないですし、

将来、様々な困難がある中で結果を出し続け、責任も持ち続ける苦労を想像すると、

とても研究者の道には入ってはいけないのですが、

自分の青春の終着点として、どこまでも遠い真実さを追い求めてみることは、

良いことだと思いました。だってこんなに楽しい時間は、他にないのですから。

 

そして今日、その旅が終わるわけです。

本当はもっと早く終わるはずだったかもしれませんし、

単に自分が終わっていることに気がつかなかったのかもしれませんが、

やっぱり「もう終わりなんだ」という実感が、ようやく沸いてきました。

結局のところ、研究とか、理論とか、真実とか、よくわからなかったのですが、

よくわからないということが、よく分かりました。

この締め括りは、案外にも悪くないと感じます。

 

でもじつは、論文の記述やデータの整理が不十分であるために、

まだ研究生としてやることが残っています。

つまり自分自身の学生気分は、幸か不幸かまだ続いていくことになります。

またよろしくお願いします。