読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

AYUTANINATUYA

20代の工場作業員だってこんなことを考えている

DASH島におけるポストアポカリプス

この前にたまたまテレビ番組『ザ! 鉄腕! DASH!!』を見てました。

その回には人気コーナー『DASH島』がありまして、

「この島はどこにあるのだろう?」「TOKIOの5人のスケジュール合わせが大変そう」

とかを思いながら、画面の中ではTOKIOが晴天の中で石橋を作るための運搬作業をしたり、

海岸で石油ストーブの給油タンクを拾ったり、打ち捨てられたブルーシートで

ウォータースライダーを作って遊んだりということをしていまして、

「子供の頃の秘密基地づくりを、大人が思う存分にやっている感」が溢れかえっていて

やっぱり面白かったのですが、何か引っかかるものがありまして、

(それが何かを考えていたのですが、)ポストアポカリプスだと思い至りました。

 

f:id:ayutani728:20150903194705j:plain

Wikipedia:核戦争の恐怖は、文明の破滅への想像力をかきたてた)

ポストアポカリプスとは“終末もの”ともいわれるように、

何らかの原因(戦争・災害・病気)で人口が激減したり文明が崩壊したりした後の世界を

描いたフィクション(作り物)の種類の1つのことです。

例えば世界大戦が起きて世の中がめちゃくちゃになり、その中で発電所が壊れたとします。

発電所を直すには様々な機械部品が必要なのですが、その機械部品を作るための

機械を動かす電源が無く、発電所は直らないままに世の中は退行してゆきます。

作品例としては『風の谷のナウシカ』・『北斗の拳』などです。

 

終末ものの面白いのは“人が便利さを記憶している”というところでして、

仮に“無い”から“有る”に移る場面(火の使用・蒸気機関の発明・コンピュータの登場)

では、その前後での生活環境の変化が“劇的”に描かれやすいのですが、

終末ものでは比較的“緩やか”に描かれやすいです。

なぜなら“人が便利さを記憶している”ので変化の予想が立てやすく、

結果としてその変化量が小さくなりやすいからです。

(ゆえに物語の受け取り手が内容を理解しやすい)

 

先に述べたとおりにポストアポカリプスはあくまでもフィクションの中だけの話です。

なぜなら(まだ)現実の世界は人口が激減したり文明が崩壊したりしていないからです。

でも特別に、DASH島だけはリアリティをもったポストアポカリプスとも考えられます。

それはTOKIO以外の人が居らず、TOKIOが文明(様々な生活の知恵)を持っていて、

かつ文明があった形跡(海岸の給油タンクやブルーシート)があるからです。

 

DASH島は子供の秘密生地づくりの感覚としても見ることができますし、

セカイをコンパクトにした島が便利になってゆく歴史ものにも捉えることができます。

でも一方で、もし明日から電気もガスも使えない状況に陥った、そんな時の不便さや、

そんな時だからこそ役に立つものの重要さを“身をもって”知らせてくれるDASH島、

という見方も面白いのではないかと思います。