AYUTANINATUYA

20代の工場作業員だってこんなことを考えている

題名のない講義

理想世界概論という講義を受けた。単位が欲しかったからだ。

僕は理科系の専攻だけれども、大学では往々にして文科系の講義を1つか2つ、

必ず取らなければならない。なぜなら、それが制度だから。

 

学生数に対して文科系講義の数が多すぎるからだろうか、

たいていは10に満たない人数に向けて、やつれた野熊みたいな教授が講義を始める。

理想世界――実際には存在しないのだが、洗練された社会――について。

 

最初は分かりやす世界が提案された。

国民はみなしっかり教育され、真面目に農業をこなし、余った時間で好きなことをする。

単純で分かりやすい反面、空々しさが拭いきれず、諸手を挙げての賛同は難しいと思った。

資料を読んでコメントするまでが評価対象なので僕も自分の意見を考えて、

適当な極論を組み立て、暇だったので他の受講者のコメントも予想してみて、

「この社会が実現できたら良いですね」なんてコメントは出ないと思っていたけれど、

話し合いの時間になってみれば、2、3の用語に関する質問と、

優等生を絵に描いたような感想がいくつも聞こえてきた。

 

次に混沌とした世界が提案された。

人々は夢を奪われ、戦争のために戦争を行い、身分や財産が管理された社会。

嫌悪感を抱くけれども、人と人、物と物はつつがなくコントロールされていて、

なかなかに魅力的なアイデアだと判断した。

でもどこかで情緒的なアラートが鳴っていて、そんな信号を増幅して対立意見を考える。

「こんな悲惨な世の中には住みたくない」

現在の生活水準に毒されたようなコメントしか生めなくて残念だった。

 

最後に理想世界が提案された。

人類は死ぬまで健康な体を維持し、面倒事は全てロボットやコンピュータが処理して、

毎日が宇宙への進出を目指す社会。現実離れしすぎていて想像が難しい。

でも少し冷静になってみると、人類は宇宙という自己実現の餌を目の前に吊されて、

欺し欺されながら進んでいる気がした。でもきっと、「夢の世界」と称されるのだろう。

いやいや、まさかそんなことを誰も言うまいと腹を括っていたら、

他の全員は「理想世界」と答えた。僕もそう答えた。

 

毎週の講義内容を思い出して、資料を引用しては感想を添えて、レポートは結びに入る。

 

――提案された理想世界が多数あり、それらに対する意見も多数ある。

つまり理想世界は確かに存在するが、その中で大人数は生活できないと推察される。

なぜなら人はそれぞれの理想世界を持っており、それらの中からいくつかが

実現したところで理想世界のミスマッチが起きるからである。

また、本講義では理想世界の結論のみが提案され、その成立過程が示されていない。

それがあれば理想世界の理解は深みを増すと推察される。

過程がないならば最大限にでも構築するべきだろう。――

 

結局、無い物ねだりの無駄な講義だった。