『素粒子』(ミシェル・ウエルベック)を読みました。
そしてその内容をまとめてみました。
人類の孤独の極北に揺曳する絶望的な“愛”を描いて重層的なスケールで圧倒的な感銘を
よぶ、衝撃の作家ウエルベックの最高傑作。文学青年くずれの国語教師ブリュノ、
ノーベル賞クラスの分子生物学者ミシェル―捨てられた異父兄弟の二つの人生をたどり、
希薄で怠惰な現代世界の一面を透明なタッチで描き上げる。
充溢する官能、悲哀と絶望の果てのペーソスが胸を刺す近年最大の話題作。
(「BOOK」データベースより)
20世紀のフランスを舞台とした純文学系の長編小説です。父親違いの兄弟や、
その周りの人々の考えを通して、人としての在り方を追求するストーリーです。
弟ミシェルは分子生物学を専門にする学者なのですが、
その研究の中で遺伝子(DNA・デオキシリボ核酸・遺伝情報をもつ分子)に触れ、
彼は生物の変異を、DNA分子の中の「原子よりさらにミクロなレベル」、
つまり素粒子にあると考えます。また生物進化が本書のテーマの1つでもあることから、
タイトルになっているのではと思います。
(たぶん本文中に【素粒子】という単語は出てこなかったと思います。)
まず全体の感想として、物語構造の濃い印象を受けました。
文学青年くずれで性的放蕩の兄・ブリュノ、対照的に研究肌で禁欲的な弟・ミシェル。
ブリュノの新しいパートナーであり老いに苦しむクリスチャーノ。
ミシェルの幼なじみであり自らの美貌に翻弄されるアナベル。
他にもブリュノの父、ミシェルの祖母など、様々な世代のモデル的人物が絡み合って
描かれており、ストーリーに厚みがあって読み応えがありました。
一方で、小説の中での時間軸が急に変わったり、哲学や生物の突然持ち出したりして
難しい話をずっとしているという、不親切で苛立たしい感じもしました。
好きな場面は第二部の10章です。
ここで兄弟は『すばらしい新世界』(オルダス・ハックスレー)について議論しまして、
その内容が興味深いです。
『すばらしい新世界』は生物学や薬学の進化によって安定した社会を描いた小説であり、
そして兄弟の過ごす世界ではハックスレーの描く小説のような
科学技術や文化成熟(文化退化?)は成立しておらず、
理想と現実のギャップが兄弟を苦しめるような展開になってゆくのですが、
そのエッセンスが凝縮されている部分だと思うので気に入っています。
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読書会では様々な世代や参加歴の男女が集まって感想を語り合いました。
まずは『素粒子』というタイトルが小説に合っていないのではないか?
ということが話題に上がりまして、正直にいうと僕も相応しくないと思います。
理由としては、そもそも【素粒子】という単語を引っ張ってきたことが強引すぎます。
分子生物学としてもっともらしい説明をして話を進めてゆくことは良いと思いますが、
それをタイトルに採用するには目立ちすぎるといいますか、
SFや物理科学色が強くなりすぎる気がします。
作中でも触れていますが、本来【素粒子】というのは物理学で頻出する単語です。
生命科学が進歩してその技術スケールがそれこそ素粒子レベルになれば、
この小説の先見性は“すばらしい”ものになるわけですが、
それはそれとして、やっぱり名が体を表していないと思います。
ストーリーの中では性・家族・宗教・哲学についても語られるわけですから。
また、テーブルではクリスチャーノやアナベルについて、
「どうすれば幸せになれたのか?」という意見も出てきました。
僕は男性で、理工系の出身の身としてはミシェルの観点で小説を偏読しがちでしたが、
とても実があり、読み方の幅を広げる議論でした。
1998年に発表された小説でありながら、近代の歴史を背負った重みのある内容であり、
本書の詳しい解説や関連書籍の案内が欲しくなる一冊でした。
今回は野崎歓氏の翻訳でして、別に不満を感じているわけではなく興味本位で、
別の翻訳者による『素粒子』も読んでみたいと思えるような作品でした。
ちなみにこの小説は2006年に映画化されています。
舞台がドイツになっていて、配役と音楽、それに幻覚の表現は良かったかと思います。
でも正直なところ、原作の魅力を十分には表現できなかった感じがありまして、
場面転換を追っているだけで、それぞれの心情描写がほとんど抜け落ちています。
また物語の結末もかなり違ったものになっていまして、
原作よりも明るい雰囲気で、兄弟愛が強く押し出されているような気がしました。
『素粒子』の登場人物を把握したり、序盤のストーリーの流れを掴んだりするために
映画を見るのは良いと思います。
- 作者: ミシェルウエルベック,Michel Houellebecq,野崎歓
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2006/01
- メディア: 文庫
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